コラム
データドリブン
データ・クリエイティブ対談【第10弾】
データやテクノロジーは「心」を計測できるのか
ゲスト:福井良應さん(真言宗興山寺住職)
COLUMNS

さまざまな領域のプロフェッショナルと「データ」や「クリエイティブ」をテーマに語り合う連載『データ・クリエイティブ対談』。今回は、真言宗興山寺の住職であり、認定NPO法人おてらおやつクラブ理事や、様々な大学での非常勤講師を務め、フリーのマーケターとしても活躍する福井良應さんをお招きしました。博報堂DYメディアパートナーズのデータサイエンティストである篠田裕之が、縁起思想をはじめ利他的なコミュニケーションのあり方、データやテクノロジーが進化し続ける現代において生活者やマーケターとしてどのような点に気をつけるべきかについてお聞きしました。

住職・マーケター・NPO法人。3つの立場で気づいた受益者の視点とは

篠田:今回の対談の経緯ですが、福井さんが元・博報堂のマーケターであり僕の同期であるということ、僕がここ数年、自身の生体データを計測しながら四国八十八ヶ所巡り・お遍路をしていることから、福井さんに心やマーケティングについてデータやテクノロジーも絡めてお聞きできたらと思った次第です。本日いろいろなお話ができることを楽しみにしております。

福井:よろしくお願いいたします。最初に私の略歴をお話すると、興山寺に生まれ京都の仁和寺で修行しお坊さんになった後に慶應義塾大学を卒業、博報堂に入社しマーケターとして働いておりました。その後、一身上の都合により退職し、興山寺の住職をつとめながら、現在もフリーのマーケターとして働きつつ、大学の非常勤講師やNPO法人理事を務めております。住職、マーケター、NPO法人理事の活動が3分の1ずつという状況です。

篠田:住職とマーケターとNPO法人と聞くと一見遠く感じますが、それぞれの活動の相性は良いのでしょうか。

福井:そうですね。お寺もNPOも非営利組織です。国内の非営利組織におけるマーケティング活動はあまり活発ではないという現状があります。マーケティングは営利志向の活動と誤解されることもあり、非営利組織の人がマーケティングを必要と認識することが少ないのだと思います。しかし私自身は、非営利組織でもマーケティングは必要不可欠だと思っております。

篠田:マーケティング活動とは利益を出すだけではなく、認知や満足度を含めたブランディングまで含まれるからでしょうか。

福井:そのとおりです。特にNPOは社会をよくしたいという動機からスタートすることが多いですが、受益者から活動を考えるというマーケティング的な視点も重要だと思います。

篠田:そのような視点を持つようになったきっかけはあるのでしょうか。

福井:仁和寺で修行していたとき、例えば広大なお寺の敷地の掃除を任されます。廊下に自分の顔が映るくらい雑巾で磨く、葉っぱ一枚境内に落ちていないように掃除する、そういうことをするわけです。掃除は参拝客がいらっしゃる時間帯は行っていないため、一般の方が目にする機会はありません。仁和寺に訪れた参拝客は、掃き清められた境内の雰囲気によって清々しい気持ちになり、心が洗われるように感じるでしょう。でも、その印象を作っているのは実は修行僧だと気がついたんです。
もちろん掃除によるものだけではないですが、聖なる空間・印象は人が作るということを思いました。そして宗教が人の気持ち・行為に影響を与えるということと、ブランディングが人の行動に影響を与えるということは実は共通しているのではないかと考えました。大学ではマーケティングを専攻し、宗教とマーケティングを生業にしたいと考えるようになりました。

悟りはデータサイエンスで解明できるのか

篠田:僕は数年前から休暇のたびに四国遍路をしております。電車やバスは使わない歩き遍路で、これまで80番寺まで歩きました。僕はデータサイエンティストなので、ただ歩くだけではなく、様々なデバイスで自分自身の生体データのログをとりながら、自分が本当に悟りに向かっていっているのか分析しようと思いました。読経中の脳波や緊張度、GPS位置情報データからの消費カロリーや天候データなどとともに自分自身の表情からの推計による感情の推移などを記録しております。

本日お聞きしたかったテーマは「心と科学」です。
最初にお聞きしたいのは仏教においては、どのような心、精神状態を目指すことが目的なのでしょうか。

福井:仏教思想の根幹は「縁起」という言葉で説明されます。
何一つ単独で存在するものはない、そして絶えず変化しているということです。「私」というものは単独で存在するものではないし、「私」は絶えず変化しているということを理解し行動するという心のありようを目指します。真言宗ではそれをビジュアライズしたものとして曼荼羅があります。あらゆる存在が尊く、敬い合い同居している様です。そのような世界のありようをこの社会にどのようにして実現するかを考えるということです。

篠田:お遍路中に、般若心経を本堂と大師堂それぞれで唱えたので160回は読経したものの、よくわからずに読んでいたのですが、ようやく少しわかった気がします。先にその教えを聞いておけばよかったと思いました(笑)

福井:いえいえ(笑)、お遍路を通して感じたことや考えたことがあるからこそ腹落ちするのだと思います。宗教は思想と実践が一体になっています。社会実装しないのであれば妄想ですし、理想がない実践は無謀です。

篠田:「縁起の思想」を念頭に置きつつ、様々な話を展開できればと思います。まず心と身体の相互作用ってありますよね。必ずしも心が常に体に先行するのではない、つまり楽しいから笑うのではなく、笑うというフィジカルな行為によって心が軽くなるというエモーションになるということです。真言密教は音を大事にしますよね。声に出す、お経や真言を唱えるということのフィジカルな動作が心に与える影響を感じますし、お遍路は1日40kmほどの山道を歩くというフィジカルな行為の中で余計な雑念が払われていくという影響は大きいと思いました。だとするとデバイスによるフィジカルな変化の計測を通して間接的に心への影響を推計することも可能かもしれません。一方で、僕は必ずしもすべてがデータ化できるとは思っていません。少なくとも現在のテクノロジーで計測できているものとできていないものについて意識しながら分析することが重要だと考えています。
そこで次にお聞きしたいのは、仏教において心のありよう、もっといえば悟りの段階のようなものやそれを計測する方法はあるのでしょうか。

福井:例えば弘法大師空海は『十住心論』という書物を残しているのですが、そこでは人間の心には10の段階があると述べられています。なぜ10段階に分けたかというと、当時、真言宗を日本に広めるために他の宗派との差別化を図るため、人の心の10番目の段階として真言密教の境地を位置づけたという背景があります。煩悩にまみれた1段階目から様々な境地にいたる心のありようを整理した、ひとつのわかりやすい考え方です。一方で、自分の心の段階に固執するのではなく、中道を意識して極端を避け、慈悲や利他の行いを心がけることが重要とされます。

篠田:僕は中道を意識することのひとつの指標として読経中の脳波やお遍路中の表情からの感情をセンシングし、喜怒哀楽や緊張の変化が少ないか、いかにニュートラルな状態を保つことができていたかということを計測していたのですが、この行為は正しいのでしょうか?

福井:デジタルデバイスを駆使することで新たな気づきがあるという側面がある一方、自分にベクトルが向きすぎているという点では極端かもしれませんね。

篠田:なるほど。自分がニュートラルであるということは中間KPIかもしれませんね。そのうえで縁起に意識を向けて、他者に対して利他的であれるかを目指すということが重要だと理解しました。自分のデータをとるだけではなく、自分のお遍路を通して起こった自分の周りを含めた環境の変化も計測するとよかったですね。

大切なのは自分にベクトルを向けすぎないこと、自分自身も変化し続けること

篠田:福井さんの住職やマーケター、NPO理事としてのお仕事やその周辺で、近年のテクノロジーの活用についてお考えのことはありますか?

福井:私のお寺には古文書がたくさん残されていますが、古文書はくずし字で書かれており、現代人には読むことが困難です。私も勉強をしていますが、なかなか難しい。近年AIを活用することでくずし字を読み解くという試みが行われており、今後古文書の解読によってこれまでわからなかった事柄が明らかになっていくことが期待されています。一方でAIは画像処理的に文字を現代文字に置き換えることはできると思いますが、そこに書かれている意味の読み解きはまだ難しいのではないかと思います。AIを活用しくずし字を現代文字に置き換えつつ、当時の思想や時代背景を含めて意味を汲み取る作業は人間が行う、テクノロジーの限界を見極めた上で、活用の目的やスコープが重要だと思います。

篠田:AIが行うのは難しい「思想や時代背景を汲み取る作業」は人間にとっても難しいことですよね。そういう意味でテクノロジーの限界を考える中で、人間自身のあり方を考えることにつながりそうですね。

福井:もうひとつ、マーケターや大学の講義などを通して感じることとして、近年のテクノロジーは最適化に向かうことが多いですが、むしろ縁起的に生きることがおもしろいのであって、最初から自分らしさを規定して最適化するべきではないと考えています。

篠田:現代はウェブ上の閲覧や購買など様々な行動ログが計測できることで、各種サービスが自分にあった好みや価値観に基づいていろんな推薦をしてくれます。でも推薦エンジンをあまりに自分の過去の行動に基づいて最適化しすぎるとフィルターバブルのようになり、受け手の考え方を狭めてしまいますよね。特に歳をとると昔の音楽ばかりを聴いたり、お決まりの映画を見直したり、自分の安心安全なコンフォータブルゾーンの中で暮らすことが増えてきてしまうように思います。そうすると自分にベクトルが向きすぎてしまい、頑固な人になってしまうのかもしれないですね。

福井:自分自身が変わり続け、自分らしさだと思っているところから脱却するということ、それが自分だけではないコンフォータブルゾーンを広げるということだと思います。コンフォータブルゾーンを自分の中に作るよりも、自分の周りをコンフォータブルにしていくことで、社会はより暮らしやすくなるはずです。

篠田:現代はSNSの投稿の反応、フォロワー、自分の入力履歴や検索履歴、自分に表示される広告など、様々な場面で自分が数値化、可視化されることで、自分にベクトルが向きやすくなってしまう時代かもしれませんね。そのときにいかに数値や自分にとらわれずにいられるかがテクノロジーの時代を生きていく上で重要なことだと思いました。
一方でマーケター、データサイエンティストとしては、生活者の目が周囲の人間や社会に向けて開いていくベクトルになるようにデータやテクノロジーを活用することで、生活者の価値観を豊かにし、結果的には様々な商品やサービスの体験価値の向上に寄与できるように思いました。
本日は様々なお話をありがとうございました。

福井:こちらこそありがとうございました。

福井 良應(ふくい りょうおう)
真言宗興山寺住職
認定NPO法人おてらおやつクラブ理事
総本山仁和寺にて修行後、慶應義塾大学を経て、博報堂に入社。マーケターとして諸分野でブランディング、商品開発、コミュニケーション設計に従事。2018年に退職後、現職。おてらおやつクラブの活動でグッドデザイン賞大賞、日本マーケティング大賞奨励賞等受賞。

 

篠田 裕之
株式会社 博報堂DYメディアパートナーズ

メディアビジネス基盤開発局
データサイエンティスト。自動車、通信、教育、など様々な業界のビッグデータを活用したマーケティングを手掛ける一方、観光、スポーツに関するデータビジュアライズを行う。近年は人間の味の好みに基づいたソリューション開発や、脳波を活用したマーケティングのリサーチに携わる。

★本記事は博報堂DYグループの「“生活者データ・ドリブン”マーケティング通信」より転載しました

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