コラム
データドリブン
データ・クリエイティブ対談【第9弾】
テクノロジー化、データ化の先にある「本質」を見極めたい(後編)
ゲスト:石原祥太郎さん(データサイエンティスト)
COLUMNS

日本経済新聞社のデータサイエンティスト、石原祥太郎さんをお招きした『データ・クリエイティブ対談』の後編をお届けします。書籍出版や登壇など社外でも広く情報発信に努める石原さんと、博報堂DYメディアパートナーズのデータサイエンティスト、篠田裕之が、「テクノロジー化、データ化の先にあるもの」について語り合いました。

報道機関におけるデータ活用の可能性

篠田
データの専門家には、ユーザーやクライアントに価値を提供するだけでなく、社内の人たちの仕事をサポートする役割もあります。僕の場合は、例えばプランナーがより効果的なメディアプランをつくることができるようになるためのソリューション開発に携わっています。業務の効率化を実現するだけでなく、よりクリエイティビティを高められるようなデータ活用が必要だと考えています。

石原
それはとても重要な視点だと思います。日本経済新聞社には1000人以上の記者がいます。その人たちが「質の高い記事を書く」という人間だからこそできる取り組みに集中できるサポートをするのが、データサイエンティストの役割の一つです。篠田さんのお仕事と共通していますよね。

すでに、上場企業の決算サマリーをAIで自動的に記事化する仕組みが実現しています。現在は、同じくAIで記事を要約する研究を進めていて、今年の人工知能学会全国大会でその取り組みを発表しました。ほかにも、テクノロジーを業務に組み込む方法はたくさんあると思います。

篠田
報道機関とデータの関係で言うと、データを報道に役立てる「データジャーナリズム」が今世界中で進んでいますよね。僕が注目しているのは、英国の新聞「ガーディアン」の取り組みです。ガーディアンは、データビジュアライズに積極的に取り組んでいます。報道の中立性を守りながら、データをわかりやすく可視化し、読者の判断を促す──。それがデータジャーナリズムの本質だと僕は考えています。それを実現するには、石原さんのようなデータサイエンティストの存在が不可欠です。

石原
データジャーナリズムの取り組みで僕が面白いと思ったのは、ドイツの「Radmesser」という事例です。ドイツでは、車が自転車を追い抜く際の接近を恐れる声が挙がっていたのですが、そのエビデンスを把握するための定量データがありませんでした。そこに注目した新聞社「Der Tagesspiegel」が、読者にアプリを配って、スマホを自転車につけてもらって道路状況をトラッキングすることを試みました。画像認識の仕組みなども組み込んでいたようです。そうして、寄せられたデータを集めて分析して、追い抜きの実態をレポートしたわけです。報道機関がデータを使って世の中に問題提起をするという、たいへん意義のある取り組みだと思いました。

制限の中でクリエイティビティが発揮される

篠田
データの取り扱いが以前よりもセンシティブになってきていて、クッキーの活用も制限されることになりました。一方で、日本経済新聞のように大量でかつ質の高い自社データを保有している企業は、新しいチャレンジができる機会だと思います。

石原
ええ。自社データには個人情報が含まれますから、どれをどのように活用すべきか社内でしっかり議論しなければなりません。もちろん、データの活用方法についてユーザーの皆さんにもしっかりお伝えする必要があります。

データ活用が制限されたとき、テクノロジーを使って何ができるか。それを模索するのがデータの専門家の役割だと僕は考えています。利用可能な情報を使ってユーザーの興味や嗜好をある程度推定する技術はすでに実現しています。このような方法を今後はもっと開発していかなければならないと思います。

篠田
制限があることによって、チャレンジのしがいがあるとも言えそうですね。

石原
そう思います。決められた条件や制約の中で何ができるかを模索する中で、データサイエンティストのクリエイティビティが試されるはずです。

篠田
プライバシーを保護することと、提供するサービスの質を高めることは相反するものではないと思います。その両立を実現するのが、まさしくクリエイティビティの力ということですよね。

石原
とくにデータのプロが磨くべきは、発想力だと思うんです。例えば、ほかの領域で実現しているデータ活用の事例を見て、それを自分たちのビジネスに応用するにはどうすればいいかを考え、応用の方法を見出す。そんな発想力がこれからは求められるような気がします。

テクノロジー化の先にある「テクノロジー化できないこと」

篠田
今、注目しているテクノロジーがあったらお聞かせいただけますか。

石原
とくに注目しているのは、ユーザーとのインターフェースの部分のテクノロジーです。いろいろな技術がすごいスピードで進歩している一方で、人間にとってのわかりやすさ、使いやすさといった点に関わる技術の進歩はまだまだこれからだと思うんです。どれだけ素晴らしい技術があっても、それをそのまま提供したら誰も使えないわけですよね。ユーザーにどう使ってもらうか。どう役立ててもらうか──。そこに関わる技術を僕自身探求していきたいと思っています。

篠田
一方で、こうも思うんです。インターフェースを使いやすいもの、わかりやすいものにすることはもちろん大切なのだけれど、その裏にあるロジックには「わかりやすく」できない要素があるんじゃないか、と。

例えば、日本経済新聞で記事を書いている記者の職能やセンスには、AIに置き替えられない部分もあると思います。記事が生まれるプロセスを「わかりやすい」ものにしようとしすぎると、記事自体のクオリティが損なわれてしまう。そんな危険性があると僕は考えています。インターフェースとロジックで「わかりやすさ」が必要な箇所の見極めが重要ですよね。

石原
同感です。テクノロジーを追求することの最終的な目的は、実は、テクノロジー化できないことは何かを見極めることなのではないか。そう僕は常々感じています。

日本経済新聞社は紙版と電子版で情報を提供していますが、まだ紙の方の契約者数が圧倒的に多いんです。それはなぜか。読みやすさ、一覧性はもちろん、記事の大きさによって重要度がわかるなど、情報に価値づけがなされていることなどが理由だと一般的に言われています。つまり、電子版にはない特徴が支持されているということです。

では、例えばVRによってそのような特徴を電子版にもたせれば、紙は必要なくなるのか。どうもそうではない気もします。「情報を届ける」ことの本質は何かを明らかにするために、テクノロジーでのチャレンジを繰り返す必要がある。そんなふうに思うんです。

報道機関にとっての「成功」とは何か

篠田
テクノロジーに置き替えられる部分は置き替えていきながら、置き替えられないものを見定めていくということですよね。広告・マーケティング領域では、例えば店舗やイベントなどにおけるフィジカルな体験が「置き替えられないもの」に該当します。VRでイベント体験を提供することは可能ですが、それによって逆説的に、生身で体験しなければわからないことがあることが明らかになる場合があります。

石原
つまり、「本質は何か」ということなのだと思います。デジタル化とは、シンプルに言えば「最適化」です。最適化をめざすには、関数や目的をしっかり決めなければなりません。その設定を間違えると、デジタル化はとんでもない方向に行ってしまいます。

デジタルニュースメディアの目標の一つは、PVの向上です。しかし、PVだけを目標にすると、トップページが芸能ニュースやスポーツニュースだけになってしまう可能性があります。そうならないように、「正しい目標」を定めなければなりません。そのために必要なのが、本質を見極めることなのだと思います。

篠田
目標は短期的なものには限らないわけですよね。本質的な価値が実現するには、とても長い時間がかかることもあります。

石原
おっしゃるように、長期的な視点をもって、「ニュースの受け手に何を届ければ、我々は成功したと言えるのか」と考えることが大切だと思います。その考察にもデータが役立つはずです。

ユーザーの行動データを収集する際は、クリックだけでなく、ページをどこまでスクロールしたのか、どのくらい滞在したのか、ページを見た後にどのようなアクションをとったのかといった要素にも着目する必要があります。細かな要素を見ていくことによって、ユーザーを深く理解することができるからです。そのような作業の繰り返しから「本質」を見極めていくことが、これから僕がやるべきことだと思っています。

情報は「届け方」によってこんなに変わるんだ

篠田
石原さんは、ニュースレターの配信、イベントへの登壇、書籍執筆など、さまざまな形で情報発信をされていますよね。そのモチベーションをお聞かせいただけますか。

石原
子どもの頃、実家では新聞を二紙とっていて、新聞によって情報の扱い方がかなり違うことに子どもながらに興味をもっていました。情報を届けるにしてもいろいろな届け方がある。そんな子どもの頃の気づきが、今の自分のルーツになっています。

大学で関わった新聞はデジタル版で月間20万PVくらいあって、僕が書いた記事もわりと読まれていたのですが、記事の内容がいいから読まれているのか、媒体力で読まれているのかはわからないわけですよね。そこで、ブログやSNSなど別の媒体で情報を発信してみようと考えました。

実際にやってみると、プラットフォームやメディアが変わると、届く相手や、情報に対する反応が大きく変わることがわかりました。情報は届け方によってこんなに変わるんだ──。その実感が、現在の情報発信活動のモチベーションになっています。これからもいろいろな情報発信ツールが次々に登場すると思います。新しいツールをそのつど試しながら、「情報の届け方」を模索していきたいと考えています。

篠田
今日とくに印象に残ったのが、テクノロジー化、データ化を進めていく先に「そうすることのできない本質」が見える可能性があるというお話でした。これは報道にとっても、広告・マーケティングにとってもとても重要な視点だと思います。それぞれの立場その視点を深めていって、またいつかお話ししたいですね。今日はありがとうございました。

石原祥太郎 
日本経済新聞社 データサイエンティスト
2013年から公益財団法人東京大学新聞社に参画し、記者・編集長・デジタル事業担当などを歴任。2017年10月に株式会社日本経済新聞社に入社し、現在は研究開発部署「日経イノベーション・ラボ」で、データ分析・サービス開発に従事。国内外の機械学習コンテストで入賞経験を持ち、共著に『PythonではじめるKaggleスタートブック』(講談社)、訳書に『Kaggle Grandmasterに学ぶ機械学習実践アプローチ』など広く情報発信に努める。2020年、国際ニュースメディア協会より「30 Under 30 Awards and Grand Prize」を受賞。

 

篠田 裕之
株式会社博報堂DYメディアパートナーズ
メディアビジネス基盤開発局
データサイエンティスト。自動車、通信、教育、など様々な業界のビッグデータを活用したマーケティングを手掛ける一方、観光、スポーツに関するデータビジュアライズを行う。近年は人間の味の好みに基づいたソリューション開発や、脳波を活用したマーケティングのリサーチに携わる。

★本記事は博報堂DYグループの「“生活者データ・ドリブン”マーケティング通信」より転載しました

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