コラム
Media Innovation Lab
【Media Innovation Labレポート.11】 ハプティクスがコミュニケーションの未来を変えていく
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コロナ禍で日常生活のデジタル化が加速し、音響やディスプレイ、ロボット技術など、関連するテクノロジーの進化も続いています。中でも注目されるのがハプティクス(=触覚)に関連するデジタル技術です。視覚や聴覚にかかわる技術が主流のデジタルの世界において、ハプティクスを取り入れることでどんな新しいコミュニケーションの形態が生まれるのか。デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム イノベーション統括本部 兼Media Innovation Lab(メディアイノベーションラボ※)の原田俊に、博報堂DYメディアパートナーズナレッジイノベーション局兼Media Innovation Labの大野光貴が聞いていきます。

■視覚と聴覚を補う「触覚」技術

大野
ほとんどの人にとって「ハプティクス」はまだ耳慣れない言葉だと思います。まずはその意味を簡単に解説していただけますか。

原田
ハプティクスとは一言でいうと触覚技術のことで、力や振動、何らかの動きなどを、デバイスを通じて伝える技術を指します。携帯電話のバイブレーション機能やゲームコントローラーなどはすでに皆さんが体験している技術ですが、かつてのハプティクスが振動で気づきや刺激を与えるシンプルなものだったのに比べ、これからお話する最先端のハプティクスは、力や振動によって体験を再現することでメディアやコンテンツ体験を補ったり、遠隔で何か操作をする際に、実際にモノに触れたようなフィードバックを返したり、といった新たなインターフェースとなっています。

大野
なるほど。我々はスマホやテレビ画面でも十分いろんなことができていると感じてしまいますが、ここに触覚が加わることで、どんな変化が生まれるのでしょうか。

原田
我々は普段の生活で多くを視覚に頼っていますが、視覚だけだと完成しない体験というものもあります。最近では聴覚においても、よりリアリティのあるサウンドが注目されるようになってきましたが、たとえばVRでどれだけ現実に近しい世界が描けて、没入感を得られたとしても、どこかリアリティに欠ける部分がある。その視覚と聴覚だけでは表現できないところを補完するのがハプティクスではないかと考えています。映画館の4D上映が好評なのも、まさにそういう体験を求めているのではないでしょうか。

大野
実際には、ほかにどのような場面でハプティクスの技術が使われていますか。

原田
インターフェースとしては、近年発売されたゲーム機PlayStation5のコントローラーにもよりリアリティを感じさせる“ハプティックフィードバック機能”がついていますし、車の運転のシミュレーションや自動運転の次世代型コントロールパネルで、ダイヤルに触れなくても触れたように感じられる技術などに活用されています。医療分野では、手術のトレーニングや、遠隔で行う手術などで活用が進んでいます。

大野
自動車の見本市でもそうした機能が紹介されていました。運転中、ボタン操作のためにいちいち目を向けることは安全上問題がありますから、振動だけで操作メニューがいろいろとわかったり、画面を注視せずに情報が伝わってきたりするのは非常に革新的ですよね。脳の処理速度的に、見るより触れる方が認知のスピードが速いということも聞きました。そして、触覚は目や耳という器官に限定されることなく、手でも足でも背中でも、身体のあらゆるところで感じられるのが面白いですね。

原田
メディアやコンテンツ周りの事例ではほかにも、映画館で着用すると作品と連動して振動が伝わってくるベストが開発されていたり、パビリオンなどで演出に合わせて座席が振動したりするものもあります。ただ、最先端技術であるがゆえにデバイス自体も高価で、なかなか体験の機会が得られないというネックはあります。高度な触覚を再現したものは、現在はまだ消防士訓練や油圧ショベルの遠隔操作など、B2B領域でしか搭載されていない物が多く、一般家庭に普及するにはまだまだ課題があると感じています。

■感触を数値化し再現できれば、情報量が圧倒的に豊かになる

大野
あたかもモノがそこに存在するかのような感覚がなぜ再現できるのか、技術的な側面について教えていただけますか。

原田
まず触覚に関する脳科学的知見、理解が進んだことと、触覚提示というものがさまざまな方法で可能になったことが背景にあります。振動といっても、単純な振動から、触ったものが形を変えるとか、空気が入って膨らむ、へこむ…そういった物理的な変化はさまざまです。ある企業は超音波を手に照射して、触っている感じを再現する技術を開発していますし、触った時に手に感じる反動を再現するアクチュエーター(モーター)も開発されています。さまざまな提示方法のどれが正解というわけではなく、コストと見合う方法で、個々に最適な方法を用いて、やりたいことを解決するという話なのだろうと思います。

大野
たとえば我々になじみのあるスマホでも、ボタンはないのにボタンを押しているような感覚が再現されています。あれにはどういう技術が使われているのですか。

原田
あれは画面を押すと内蔵されているアクチュエーター(モーター)が振動を生み出しています。その振動をうまく制御することで、ボタンを押しているような感覚を再現しています。シンプルな体験をうまくデザインしている例ですね。

大野
それから、触覚を認識するメカニズム、皮膚の実際の感じ方というのも、かなり複雑なのですよね。力と振動と温度の組み合わせで、人間はさまざまなことを知覚している。この、人間の皮膚にある感覚受容器をハックすれば、さまざまな錯覚を起こせるということになるのではないでしょうか。たとえば、乾燥しているとか暖かいといった感覚も、デバイスによっては技術的に表現可能かと。

原田
そうですね。ですから僕ら広告会社のように、得意先企業のために情報伝達を支援する仕事にとっては伝えられる情報量や表現方法が増えるので、非常に可能性が広がります。“触ってみて初めてわかる”といった、言葉だけでは表現できない情報が感触には詰まっていて、それを再現することで商品の情報量を圧倒的に豊かにすることができるわけですから。
面白いと思ったのは、この感覚、感度というものが個人個人で異なるという点です。ツルツル、ヌルヌルといったオノマトペに表現されるような感覚に、一定的な値というものはないのだそうです。これをいかに数値化するか、ノーム値のようなものをためていき、万人にとってのツルツルやヌルヌルを再現することが、また次のステップで必要なことなのかなと思います。

大野
それがほかの人たちと共有できたら、エンタテインメントでも面白い演出ができるでしょうね。ECでも、地方の漁港の魚を買うような場合に、鮮度の高さが触覚で伝わってくるようなことができれば面白そうです。マーケティングにも大いに活用できそうですね。

原田
先日羊の肉を焼いたのですが、レシピには「押したら跳ね返ってくるまで」と指示がありました。この感覚がわからなくて、失敗してしまいました(苦笑)。実際にこれくらいの力だよ、というのを教えてくれるようなレシピがあれば、失敗もなくなりそうですね。

大野
確かに熟練した人ほど、手の感覚、絶妙な力加減でものを判断することがありますね。それが数値化、データ化されることで、初心者でもベテランの技に近いところまでいけるサービスが可能になるかもしれない。伝統技能の伝承などにも活用できるでしょう。力を記録して再現できるという、ハプティクスの可能性の広さですね。

■キラーコンテンツの有無が一般への普及を左右する

大野
今後ハプティクスがどういうところに応用されると面白いと考えていますか。

原田
さまざまな想像は膨らみますが、一般的な生活者に普及するには、大前提として、やはりデバイスの普及がカギだと思います。生活者の使用するインターフェースがハプティクスを取り入れて進化するというシナリオがあったとして、デバイス次第かと。それがスマホなのか、ホームエンタテインメント機器なのか、自動車なのかはわかりませんが。手ごろな価格で、誰もがそうしたデバイスを身に着けるような世界になっていったときに、B2B領域のロボットアームを使った遠隔手術や、製造業等での遠隔操作も進むのではないでしょうか。

大野
どうしてもデバイスの壁を越えなければならないし、いざ越えたら、次はどう受け入れられるかというところがポイントになりそうです。先述のスマホのボタンのように、多くの人がまずは体験の機会を得て、その良さを知るところからですよね。現状ではまだVRの域にもいっていないので、B2C領域でよい事例が出てくるといいなと思います。

原田
やはり必要なのはキラーコンテンツでしょう。「コンテンツを体験したいからデバイスを買う」という流れが必要なのではないでしょうか。たとえば僕自身、このコロナ禍で音楽フェスに行けなくなったのですが、もし、性能の良いヘッドホンとVRゴーグルで観客席の最前列にいるような体験ができたとしても不足感があると思います。足りないのはおそらく、スピーカーからの空気振動や、周囲のざわめきなどかなと思います。観て聴くことで情報の8割は受け取れるとして、リアルのライブ空間を肌感で再現するには、その残りの1、2割が不可欠。そこにハプティクスが機能すれば、リッチなコンテンツにできるのではないかと思います。

大野
そうですね。雑誌もデジタルで見られるようになりましたが、質感の要素が加わるとまったく異なる体験になるでしょうし、ラジオだって、聴覚に触覚が加わればより刺激的な新しい体験ができそうです。

原田
ハプティクスメディアは基本的には単体では成立しないのですよね。視覚や聴覚と組み合わせることで、別の体験に進化させることができます。そういう意味では、特に雑誌や新聞といった紙の手触りを大事にしていたメディアにとってチャンスかもしれません。いずれにしても、メディア×ハプティクスという視点で考えると、これまでにない新しい可能性が探れそうです。

大野
我々広告会社は、モノの良さを伝えるときに触り心地や肌感覚について、一生懸命言葉やビジュアルを通して伝えようとしてきたわけですが、そこにハプティクスがプラスされることで、ものすごく大きな武器になり得ますね。たとえば、コロナでできなくなった握手会なども、アイドルの手の感覚がわかる、という権利を販売するビジネスに変えられるかもしれない。

原田
その感覚が本当にお目当てのアイドルのものなのか確認はできませんので信じるしかないですが(笑)。あるかもしれませんね。

■よりリッチな体験、新しい価値観を生み得るハプティクス技術

原田
コロナウイルスの影響で現在、同僚や部下と会うのはほとんどオンラインなのですが、対面で会った時に受ける情報量の多さには驚かされます。それはつまり、オンラインで、映像と声だけで得られる情報量がいかに少ないかということでもあります。「VRChat」など新しいコミュニケーションツールは出てきていますが、100%リアルに置き換えることは難しいのかもしれません。そこへの移行を支援するものとして、ハプティクスや匂いなどは間違いなく機能すると思います。

大野
それから、これまではバーチャル空間では、マウスを操作するだけでどんな大きなものでもつくることができたわけですが、そこに物理的な力の量が反映されるようになると、労力といったものも価値として反映される世界ができるかもしれませんね。

原田
なるほど、確かにそうですね。デジタル空間で音楽や彫刻をつくるといった領域では活用できそうです。より動きも精緻になって、フィードバックも返ってくるので、新しいアートのジャンルが生まれそうですね。模倣できないリアルの力が入ることは付加価値につながるかもしれません。

広告会社において、得意先企業の体験づくりの支援が重要になってきている今、デジタルを活用して生活者のよりリッチな体験、価値をつくるという点で、ハプティクスは間違いなく今後重要性を増してくる技術だと考えています。

大野
そうですね。完全に未来の話ではなく、もうすぐそこまで来ている技術の話です。コミュニケーションや生活者インターフェースにハプティクスが導入されることで一体どんな変化、可能性が生まれるのか。今から十分にシミュレーションしておく必要があると思います。

今日は貴重なお話をありがとうございました。

※Media Innovation Lab (メディアイノベーションラボ)
博報堂DYメディアパートナーズとデジタル・アドバタイジング・コンソーシアムが、日本、深圳、シリコンバレーを活動拠点とし、AdX(アド・トランスフォーメーション)をテーマにイノベーション創出に向けた情報収集や分析、発信を行う専門組織。両社の力を統合し、メディアビジネス・デジタル領域における次世代ビジネス開発に向けたメディア産業の新たな可能性を模索していきます。


※ハプティクススーツ+グローブ体験中

原田 俊
デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム イノベーション統括本部 研究開発局 広告技術研究室長
2008年デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム入社。社内システムや広告配信ソリューションのインフラシステム開発・運用業務に携わった後、2012年より広告技術研究室にて国内外のアドテクノロジーおよび先端技術のマーケティングリサーチ、ビジネス企画業務に従事。また日本インタラクティブ広告協会(JIAA)やData Driven Advertising Initiative(DDAI)、情報法制研究所(JILIS)にて生活者のプライバシー保護を推進。

大野光貴
博報堂DYメディアパートナーズナレッジイノベーション局 情報マネジメント部
ラジオ局のビジネス企画開発部、メディアビジネス開発センター、データドリブンビジネス開発センターなど新規開発系部署を経て、2018年よりナレッジデザイン局(現ナレッジイノベーション局)で主に海外のテクノロジーやメディアにおけるDXを調査。クリエイティブ&テクノロジー局テクノロジーソリューション開発グループ複属。

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