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【Media Innovation Labレポート.9】深圳オフライン店舗とリアル体験の進化
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コロナ禍において日本では、買い物や決済から仕事まで、さまざまな情報行動のオンライン化が進んでいます。そんな日本に先駆けて、数年前からすでに買い物や決済のオンライン化、OMO等が急速に進んできた中国では、日本の一歩も二歩も先を行く変化が訪れています。今回は、特にオフライン店舗・リアル体験のアップデートが進む中国・深圳のケースについて、Media Innovation Lab(メディアイノベーションラボ※)の現地メンバーである北京迪愛慈広告有限公司(北京DAC)で深圳在住の汪曦に、博報堂DYメディアパートナーズナレッジイノベーション局兼メディア環境研究所の斎藤葵が聞きます。

■アフターコロナの深圳で進む、オンラインとオフラインの変化

斎藤
コロナ禍を受けて決済のオンライン化が進みつつある日本と異なり、すでにアフターコロナのフェーズに入っていて、オンライン決済も広く普及している中国では、現在、オフライン店舗、リアル体験が急速に進化するという面白い状況にあると伺っています。今日は、東京、シリコンバレーと共に、Media Innovation Labの拠点がある深圳で代表を務める汪さんに、実際の事例に触れながら、中国の現状について教えていただきたいと思います。


よろしくお願いします。まず中国の現状についてお話しすると、政府の調査(※)では2020年3月時点でインターネットユーザーが約9億人おり、そのうち99.2%に当たる8.97億人がモバイルユーザーということが分かっています。ほぼ全員が1台以上のスマホを持っていて、ほとんどがスマホ決済を利用していると考えられます。2020年5月からは深圳、上海、杭州などで5Gのトライアルが始まっていて、5Gの携帯もすでに1.5億台が販売されています。実際この10月に中国の2大キャリアで5Gが本格的にスタートし、私自身も使用していますが、正直使い勝手についてはまだまだ改善の余地があるという印象です。
(※)中国インターネット情報センター(CNNIC)による調査

斎藤
なるほど。中国のテクノロジーの普及といえば、私が3年ほど前に中国を訪れた時は、顔認証技術を店舗に導入する話が出ていました。その後、普及は進んでいますか。


はい。2018年から徐々に店舗に普及していき、2019年には顔認証システムを利用した支払いが市場の30%になりました。すべてのコンビニで顔認証の利用が推奨されていますし、ショッピングモールなどは顔認証を利用するとクーポンがもらえるといったキャンペーンも行っています。コロナ後に上海で始まった取り組みでは、顔認証システムを利用して住民がきちんとゴミの分別を行っているかどうかをチェックしています。これは国としての取り組みで、政府から派遣された専門スタッフが各世帯を訪ね顔認証用のデータを登録していくといったことが行われました。また、技術的にも、マスクをしたままでも顔を認識できるまでに進化しています。

斎藤
マスクをしたままでも顔を認識できる技術は便利でよいですね。
また、日本とは少し異なる、中国ならではの背景があることもわかりました。
さて、深圳ではいまラグジュアリーブランドの出店が増えているそうですが、その辺りから教えていただけますか。


中国ではコロナ後、オフライン店舗が急拡大しています。たとえば化粧品のローカルブランドが全国100都市以上に600を超えるオフライン店舗をオープンしたり、日本の洋菓子ブランドがオフライン店舗を積極的に展開したり。香港のミシュランレストラン、韓国の化粧品やアパレルブランドもどんどん出店しています。そんな中、特に深圳も含めた海沿いの華南エリアでは、ラグジュアリーブランドの出店が相次いでいます。深圳の人は近くの香港や海外へ買いに行っていたので、北京や上海に比べラグジュアリーブランドの店舗数が少なかったのですが、コロナによって香港にも海外にも行けなくなったため、ラグジュアリーブランド店舗へのニーズが高まっていたのです。

斎藤
一方で、コロナ以降はもちろんオンラインにおいても変化があるのですよね?


コロナ以前、各ラグジュアリーブランドは、公式サイトやアプリをオープンさせたり、WeChat公式アカウントとミニプログラム(※)をリリースしたりと、オンライン販売へのシフトを積極的に進めていました。コロナを受けて、そうしたオンライン購入はさらに激増しました。そこにオフライン体験も合わせて拡充させようという動きが出てきた結果、全販売チャネルに占める実店舗の割合も32%から59%に増加しています。その代わり激減したのは、先述のような海外など中国以外での購入や、バイヤーによる代理購入です。
(※)アプリ内で動く様々な細かいプログラム。別のアプリを起動せずにあらゆる機能を実現できる

斎藤
WeChat内のアプリ“ミニプログラム”ではどういうことができるのですか?


WechatのミニプログラムはWechatアプリ内でEC,タスク管理、クーポンなどの様々な機能をユーザーに提供するソリューションです。WeChat上にあるブランドの公式アカウントはあくまで情報配信ツールで、支払いやユーザーデータもWeChat側にあり、ブランドはそこにタッチできません。一方ミニプログラム内ではユーザーとのインタラクティブなやり取りができるほか、支払いやデリバリー、イベント参加率といったデータも取得でき、分析することが可能です。そのため公式アカウントとミニプログラムを併用するブランドが増えています。

斎藤
消費者の行動にも変化が出てきていますか?


はい。消費者がオンライン購買に慣れてきたと同時に、ラグジュアリーブランドならではのオフライン体験をシェアしたいという欲求も出てきています。その二つを満たすために、ラグジュアリーブランドはオフライン体験もオンラインと同じレベルで充実させようとしているのです。

ラグジュアリーブランドにおける中国の消費者の消費パターンは、3つに分類できます。まずはパーソナライズのサービス。最初に製品情報をオンラインで収集し、店舗へ行き1対1の接客を受け、購入に至るという従来の流れです。もう一つは、ソーシャルの口コミ意見重視型。さまざまなSNSで紹介されている製品に興味を抱き、オンラインでさまざまな人の意見をリサーチし、購入に至るという流れです。最後は、ソーシャルメディアで関連情報を収集し、さらに関連する展示会やブランドへも関心を高め、最終的にそのブランドと自分の生活、価値観がしっかり一致している、共感できると確信してから購入するパターンです。この3つのスタイルのニーズを満たせるように、各ブランドはオンラインとオフラインの体験を拡充させ、ブランドの価値観が伝わるような戦略をどんどん出している状況です。

■各ラグジュアリーブランドが進める先進的な取り組み

斎藤
ラグジュアリーブランドが進めている施策について、具体例を教えていただけますか。


象徴的なケースとして、バーバリーの事例があります。7月末、バーバリーはテンセントと連携し、テンセント独自のソーシャルリテールストアを深圳にオープンさせ、同店舗専用のミニプログラムもリリースしました。ミニプログラムのユーザー登録の際には自分用のキャラクターが入手でき、店舗の予約、試着、ほかの人とのコミュニケーションなどを重ねることで、ソーシャル通貨を経由してこのキャラクターに好きな服を着せたり、成長させたりすることができます。

●バーバリー公式ミニプログラム画面(本人所有スマートフォンより)

斎藤
購入体験によって育成させていくことができる、アバターのようなものですね。


たとえば店舗で撮った写真をミニプログラム上でアップし、友人と共有することもできますし、他のSNSのKOLやKOC(※)も、このバーバリーのミニプログラムのエコシステム内で独自の活動をしているので、彼らをフォローすることもできます。そして、店舗に行く際には必ずここで1対1の接客を予約することになっています。
(※)KOL:Key Opinion Leaderの略。現在の中国で主流となっているインフルエンサー
KOC:Key Opinion Customerの略。口コミを発信する消費者

斎藤
実店舗に行くなら必ずユーザー登録してオンライン予約しなくてはならない。ふらっと立ち寄ることはできないのですね。店にリアルにいる人は全員オンラインでつながっている状態ということですから、これはすごいですね。コロナ禍の日本でも実現できれば、追跡できるという意味で安心かもしれません。


その人が何を試着したかはもちろん、店内のこのエリアを回遊しているからこのあたりの商品に興味がある、といったデータも蓄積されますから、オンラインとオフラインのデータ統合も容易になります。ちなみに私も実際に行ってみたのですが、予約していた服を試着する際、試着室のテーマ(雰囲気)を選ぶことができ、そこで流れるBGMも、電子音楽、ジャズ、クラシックといろんなジャンルから選択できるようになっていました。

●バーバリー公式ミニプログラム画面(本人所有スマートフォンより)

斎藤
それはすごいですね。ここまで試着体験がリッチだと、買わないわけにはいかない気持ちになりそうです(笑)。それから、カフェも併設されているのですよね。


はい。感染予防の観点から、カフェの方が予約がとりにくかったですが、行ってみると非常にラグジュアリーな空間で、KOLがライブ配信をしたりしていました。カフェへの来店データもブランド側に残るため、マーケティングに活用できると思います。

斎藤
他の事例はいかがでしょうか。


中国でバーバリーと並んで認知度が高いブランドがディオールです。上海では7月から、日本でも開催された70周年回顧展があったほか、9月には深圳旗艦店がオープンしました。化粧品、香水、アクセサリーを扱っており、KOLやユーザーが自由に写真を撮れるスペースが設けられていて、SNSでの拡散を促進する工夫がされています。こちらは特に予約は必要ありません。また、ソーシャルリテールの中ではディオールは非常に成熟していて、商品の検索から購入はWeChatのミニプログラム内で完結できますし、詳しい配送状況も追跡できます。

斎藤
ちなみに先日は独身の日、通称「W11(ダブルイレブン)(※)」がありましたが、いかがでしたか。
(※)11月11日は「1」が4つ並んでいることから「独身の日」として定着し、この日に合わせてAlibabaが大規模なイベントやキャンペーンなどを行うようになった。「11」が2つ並ぶため「W11」や「双11」とも呼ばれている


2020年は10月21日~11月11日に開催され、非常に盛り上がりました。昨年の2倍の売り上げになったようです。ブランドはこのタイミングにディスカウントするというよりは、独自のマーケティングソリューションを実施していて、たとえばW11限定の商品を販売したり、若いユーザー向けにTikTokでライブ配信を行ったり。ほかには、アニメーションで知られる新しいプラットフォームにアカウントを開設するなど、斬新な動きに出ていました。

■外出制限からの揺り戻しで増加した、リアル体験へのニーズ

斎藤
こうした動きはラグジュアリーブランドにとどまらないようですね。


そうですね。たとえばウォルマートはショッピングモールとして中国でも人気ですが、2019年にイノベーションプラットフォーム「オメガ8」を設立しました。あらゆるIT技術やソリューションを集め、このプラットフォームにインキュベーションするというもので、ウォルマートグループでは中国だけの取り組みになります。今回は1990年代に深圳に初めてできたウォルマートをリノベーションし、オメガ8で導入された技術のテスト場所として再度オープンさせました。具体的には、スマートセルフサービスのスケールプロジェクトを導入していて、AIがレジで製品認識と分析を行い、正確かつ迅速に決済に進めるというものです。健診会社も入っていて、QRコードをスキャンし、無料の健康カウンセリングが受けられるようになっていますし、自動在庫補充システムや冷蔵庫温度計測などもあります。店内に設置された複数のスクリーンには広告が表示されており、付属のカメラでユーザーの視線などを確認できるようになっています。冒頭でもお話ししましたが、顔認識技術も進化していて、マスクをしていてもその人が広告を見ているかどうかわかるようになっています。

斎藤
そのほかに事例はありますか?


ショッピングモールのオープンエリアには、レゴやイケアなど各ブランドが期間限定のポップアップストアを続々とオープンさせています。また、ゲーム業界では、オフラインでゲーム体験ができるスペースも開設されています。

斎藤
皆でゲームをしながらコミュニケーションも楽しめるような場所になっていたり、ショッピングのついでにポップアップストアでブランド体験ができたりと、オンラインに飽きてきた人たちに対して、充実したオフライン体験を提供しようとしているのですね。いずれにしてもコロナで外出が制限されていたところからの揺り戻し、リアルへのニーズが増している現状があり、深圳ではそれに対するさまざまな展開が起きていることがわかります。


コロナを受けて閉店も多かったのですが、ここにきてリアル店舗も増えていますし、新しいブランドも進出してきています。展示会やオフラインイベントも、これからますます増加するのではないでしょうか。

斎藤
メディアが多様化している分、さまざまな接点からアプローチする先進的なサービス事例をご紹介いただきました。日本はまだまだ先が読めない状況ですが、リアルな体験への需要は間違いなく醸成されていると思います。深圳のケースを参考に、リアルとデジタルをマージさせた形でサービスをアップデートさせていくことは可能なのではないでしょうか。そのための非常に面白い視点をいただけたと思います。
本日はありがとうございました!

※Media Innovation Lab (メディアイノベーションラボ)
博報堂DYメディアパートナーズとデジタル・アドバタイジング・コンソーシアムが、日本、深圳、シリコンバレーを活動拠点とし、AdX(アド・トランスフォーメーション)をテーマにイノベーション創出に向けた情報収集や分析、発信を行う専門組織。両社の力を統合し、メディアビジネス・デジタル領域における次世代ビジネス開発に向けたメディア産業の新たな可能性を模索していきます。

汪 曦
北京迪愛慈広告有限公司(北京DAC) 兼Media Innovation Lab
2016年DAC入社。グローバル部署で海外の最先端テクノロジーの導入を担当。2018年から北京DACに転籍。中国の深圳にて中国市場やアドテクノロジー調査を行いながら、中国企業とのアライアンス事業も推進。Media Innovation Labメンバーとして、深圳からの情報配信も行っている。

斎藤 葵
博報堂DYメディアパートナーズ ナレッジイノベーション局ナレッジマネジメントグループ兼メディア環境研究所
2002年博報堂入社。雑誌・出版ビジネスを中心としたメディアプロデューサーを経て2016年より現職。現在はメディア・テクノロジー・デジタルマーケティング業界のプレイヤーとのビジネスマッチングやディスカッションの場の企画・運営・プロデュースを行う傍ら、Media Innovation Labメンバーとして取材・発信活動も行っている。

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