レポート
アドウィーク・アジア
NHK「みんなで筋肉体操」にみる、SNS時代の番組づくり ~あらゆるものがメディア化する時の情報作りとは~
REPORT

今年も5月27日~30日に六本木の東京ミッドタウンで「アドバタイジングウィーク・アジア」が開催され、多彩なセッションが繰り広げられました。
本セッションに登場したのは、昨年話題となったNHK「みんなで筋肉体操」のディレクター、勝目卓さんと梅原純一さん。博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所所長の吉川昌孝が、番組制作の裏側やSNS時代ならではのコンテンツづくりについておふたりに伺いました。

■「撒き餌はたくさん」あったが、すべて狙ったわけじゃない

吉川
本日は「みんなで筋肉体操」のディレクターのおふたりと、SNS時代の映像の作り方、どうすればコミュニケーションできるかといったことについて話をしていきたいと思います。
まず「筋肉体操」は、昨今ブームにもなっている筋トレを指導する5分間のミニ番組で、60年程の歴史のある「テレビ体操」のフォーマットを踏襲しています。
昨年の8月から、23時50分から23時55分の5分間、4回だけ放送したところ、ネットやSNSでものすごく話題になり、「筋肉は裏切らない」という決め台詞が昨年の流行語大賞の候補にもなりました。年末には「紅白歌合戦」にも登場し、1月に第2弾が放送され、さらに話題となりました。

今回、なぜ私たちメディア環境研究所がこの番組に注目したかというと、若い世代のメディア行動について生活密着調査をしたところ、ある男子大学生はタブレットとスマホの両方を使い、一方ではバラエティ番組の神回と言われる回を、もう一方では初見の回を流している。スクリーンがどんどんシームレス化していき、限りある余暇時間を無駄なく密度の高いものにしようとしているわけです。
今後あらゆるものがネットにつながり、オールデジタル化時代になったときに、そのスクリーンに乗っかるような動画コンテンツをどのようにつくっていけばいいのだろうか――。その点において、この番組にはすごくいろいろなサジェスチョンがあると考えたんです。

ではここからポイントを3つにまとめて、お話を伺っていければと思います。
まず「撒き餌はたくさん」としましたが、そもそもこの番組は、「どうすればバズるか」を計算して、狙ったわけではないということですよね。

勝目
そうですね。当初から作戦を立てたわけではありませんでした。ただ思い出せるだけでも、Twitter、Facebook、Instagram、NHK広報が持っているホームページ、番組ホームページ、プレスリリース……そして僕らがやっている「あさイチ」内でも筋トレコーナーをつくって番宣しました。出せるプラットフォームには全部出したという意味では、“撒き餌はたくさん”だったかもしれません。ただ、必要に迫られてやったことがほとんどでした。

梅原
そもそも深夜の5分という枠なので、普通に流しただけだと埋もれてしまう。絶対SNSで話題にしてもらわなければ生き残れないという共通認識がチーム間にありました。それで、我々で言う「フック」、気になる部分というのを少しでも多く撒き餌としてつくりたいと考えました。それで、ホームページの出演者の情報に「好きなプロテインの味」と書くなど、クスっと笑えて、何だこれは?と思ってもらえそうなものをたくさん仕掛けたという感じです。

吉川
テレビを見てネットで後追い、ではなくて、最初からネットを入り口に考えられていて、なかなかテレビ局の人にはない発想じゃないかと思いました。

勝目
それも必要に迫られて、ですね。この時間帯の前の番組が、よくて1%の視聴率なので、最初からそこは捨てざるを得ませんでした。ですからとにかくネットで話題になった、という何らかの結果を残さなければいけないと考えました。それに「筋トレ」自体、繰り返しやらないと意味がないものなので、テレビよりもウェブの方が向いているものではありました。

梅原
僕はいま29歳ですが、先ほどの男子大学生のように、Twitterで話題になっていれば、じゃあ見てみようとコンテンツを見ています。だから番組を見て「何だこれ」とネットでざわっとなる感じがいいなと考えていた。そういう番組にしようと、みんなで考え出しました。

■テレビ文脈から“あえて”離れる

吉川
撒き餌はいろんなところに撒きつつも、撒き餌の中身自体、情報量にちゃんと軽重がついているんですよね。そういった点で、次のポイントでもあるんですが、テレビ番組ではありながら「テレビ文脈から離れる」ということが肝心のような気がしました。

勝目
そうですね。たとえばTwitterでは事前にまいた動画がバズって、放送前にトレンド入りしました。通常NHKだとこういう内容の番組を何月何日に放送するので見てね、というやり方をとりますが、それをやめてとにかく15秒の面白い動画を3つずつ入れたんです。あえてテレビから離れようとしたというより、プラットフォームごとに、文脈に合ったコンテンツを出していったという感じです。

梅原
また、おそらく普通の筋トレ番組であれば、トレーナーの肩書などがテロップで説明されるなど、すべての情報が丁寧に開示されたうえで進んでいくと思うし、僕らがつくっている「あさイチ」もそういうところに重きを置いています。でも今回我々は、とにかく「何これ!?」と話題にしてほしかった。なので、庭師さんとか弁護士さんみたいな筋トレとは程遠い方をキャスティングし、あえて説明も加えず、ひたすら黙々と筋トレするという形にしたんです。

初めて部長に見せた時、「俺の感覚からするといいとは思えないが、これでいいんだよね」と聞かれ、勝目さんが「確かに何も説明していませんが、ネットで話題にしてもらうためにも、これでいきたい」と答え、部長もこれで行こうと言ってくれて、背中を押された感じがしました。

吉川
テレビ的文脈で考えると、ここまで説明しないのはきっと不安になる。でも情報はすべてウェブにあるということをみんな知っているわけですよね。我々のメディア定点調査でも、若い人ほど世の中の情報が多すぎると感じていることがわかっています。そういうなかで、これは以前、梅原さんがおっしゃっていた言葉ですが、「妄想と雑談と検索の余地を残す」。わざと「庭師」と名前だけにしておけば、あとは視聴者の人たちが勝手に検索してくれるんです。
僕がおふたりから学んだのは、おそらく広告の作り方とか企業のコミュニケーションにおいてもそうですが、どれだけ情報過多時代であることを前提とするかが肝心ということ。カスタマージャーニーとか格好いいものではなくて、「これ何だろう?」と思ったら人は検索する。そしてその先にどれだけ面白いものがあるかが重要で、「筋肉体操」ではそこがすごくうまく設計されているんです。

勝目
ありがとうございます。NHKドメインの番組ホームページがあるんですが、そこまでたどり着く人というのはよっぽど熱意がある人であり一番のお客様なので、そこでしか手に入れられないレアな情報をたくさん置きました。で、それを発見するとおそらく人に言いたくなる、バズるだろうと計算した。つまりフックとして何か調べてもらうモチベーションをつくり、そのモチベーションに応えられるもの、発見すると嬉しくなるようなものを用意した形です。そこはかなり考えてやりました。

吉川
撒き餌の話でいうと、番組ホームページに「筋肉ボイス」という、出演者の声が聴けるものも掲載されていますが、これは全く反応がなかったんですよね?

梅原
番組では出演者が全くしゃべらないので、視聴者は彼らの声が聴きたいのではないかと思い、収録後にわざわざラジオブースで音声をとったんですが、2人くらいしかツイートしてくれておらず……最高の作品ができたと思ったんですが(笑)。スウェーデン出身の方にスウェーデン語でしゃべってもらうというのもありましたが、これもだめだった。ただ、とにかく失敗しても、誰かを傷つけたりしなければいい、話題になりそうなこと、気になりそうなことをやってみようとは思っていました。

吉川
それから、休憩時間もその尺をきちんととっているのはすごいですよね。普通だったら、ここで休憩を何秒置いてくださいね、といってすぐに次の動きにいっちゃう。5分そのまま再生するだけで筋トレができるようになっている。

勝目
実はそこが一番大事な部分で、この番組のオリジナリティでもあります。要はテレビを見ながら一緒に筋トレができる――やり方を教えるだけじゃなくて、“一緒にやる”ということが肝心なわけです。余談ですが、実際に筋肉体操を実践している2000人にアンケートをとったところ、意外なことに録画している人が50%で、スマホが25%、タブレットが10%……みたいな結果でした。大きい画面というのはそれなりに需要があるんだなと思いましたね。

吉川
テレビ的文脈から離れるという点で、工夫されているなと思ったことがもう一つ。8月に第1弾をやられて、年明けに第2弾をやられているわけですが、第2弾の最初のシーンで、「お待たせしました、『筋肉体操』第2弾スタートです」なんて言わずに、出演者が軽く黙礼をするだけなんですよね。

梅原
あれは「第2弾がつくれたのは第1弾を話題にしてくれたおかげです」なんて我々が言ってしまうといやらしい感じがするので、わかる人に伝わればいいと思いました。

勝目
ウェブで「筋肉体操」に出会った人にとっては、放送時期は関係ないですからね。「お待たせしました」と言われても意味がわからない。だからテレビでもYouTubeで見ても違和感のないものにしたかった。さらに言うと、ウェブでの視聴を前提にして、「夏になりましたね」なんて季節的なことも一切入れていません。

■筋トレのマイナスになるようなことは一切しない

吉川
先ほど、若い人は情報量が多すぎると感じていると言いましたが、その結果、限られた時間の中で自分が接触した情報やメディアに対して、満足度が得られたかがすごく大事になっている。

「筋肉体操」はその点すごくいいケースで、筋肉の論文で博士号をとられている近畿大学の谷本准教授が筋トレ指導者として出演することで、ちゃんとしたブランドガードになっている。

勝目
そうですね。もともと本当に役立つ筋トレ番組にする、という目的で、僕らもハードルを割と高く設定したつもりでしたが、谷本さんが設定したハードルはさらに高かった。谷本さんは遠慮なく出演者にダメ出しをするので、実はめちゃくちゃ緊張感の漂う中収録されているんですよ。僕らもどんなに面白いことを思いついても、筋トレのマイナスになるようなことは一切しないということを、厳しく自分たちに課しています。

吉川
再生数がそれだけあるということは、やると効くからというのはあると思う。相当きつい部分もあると思いますが、そこが「筋肉体操」においての満足の作り方になっているんですよね。これから企業側、ブランド側がコミュニケーションするときにも、「見た甲斐があった」と思われるような満足感が大事になってくると思います。
そういえば紅白歌合戦では、天童よしみさんの横で武田真治さんが腕立てをやり、その後サックスを吹かれていましたね。なぜああいう形になったんでしょうか。

梅原
紅白歌合戦の話が来たときはまたとない機会だと思ったんですが、筋トレの品質のガードマンである谷本さんにそこでふざけてもらうのは違うと思ったので、庭師の方と弁護士の方と武田さんにお願いしました。そもそも、出演者の歌手の方と「一緒に『筋肉体操』しましょう」という演出はしないでほしいと、紅白歌合戦のディレクターにもお願いしていました。

吉川
ちゃんとしたトレーニングではないことをやってしまうと、谷本さんにとって許せないものになってしまうわけですよね。天童さんの横で武田さんが腕立てをやっている様子はすごくシュールでしたけど、筋肉体操をしているという意味ではものすごく正しい。この、ちゃんとした「芯を作る」というところ、ブランド価値をきっちり守る、それに資することをやるという意味で、紅白歌合戦もすごくいいケースだと思いました。

■「みんなで筋肉体操」はある意味とてもNHK的な番組

吉川
最後ですが、情報量が多すぎると思われている昨今、お2人はこれから生活者にとって満足度の高い情報をどのように出していくべきか、どういうふうな満足の作り方をしていけばいいと考えられますか?

勝目
「みんなで筋肉体操」は、「みんなの体操」とか「テレビ体操」を60年やってきたNHKがやるからこそ意味があるという気はしています。この人だからこれをやる意味がある、ということはとても重要なのではないかと。ですからNHKらしからぬとか攻めてるとか言われますが、ある意味とてもNHK的な番組だと自分たちでは思っています。

梅原
つくる側として意識していることが2つあって、1つはスクリーン過多の時代にどうやって番組とコンテンツに人を連れてくるかということ。「筋肉体操」であれば、あえて説明を入れなかったり、撒き餌をたくさん撒いてみたりということを行いました。それから2つ目は先ほどの「芯を作る」という話ではないですが、筋が通っていないコンテンツは結局一過性で終わるというか、いくら人を連れてきても飽きられてしまうと思った。なので僕らは、筋トレと心中したい人向けの本気のコンテンツをつくることで、連れてきた人たちを逃がさない力をつけることが大事なのかなと考えています。

吉川
なるほど。情報が多ければ多くなるほど、必然性とか芯を作る、あるいは筋を通すといったことが大事になるのかな、ということを感じることができました。令和なのにとても昭和な感じではありますが、皆さんの仕事にも少しでもお役立てできればと思います。本日はありがとうございました。

 

■プロフィール 

勝目 卓
NHK制作局 第3制作ユニット ライフジャンル
2004年NHK入局。これまで「クローズアップ現代」「NHKスペシャル」など主に情報番組やドキュメンタリー番組を制作。現在の担当番組は「あさイチ」「発達障害プロジェクト」。

 

梅原 純一
NHK制作局 第3制作ユニット ライフジャンル
2013年NHK入局。初任地は奈良放送局で、主に『日曜美術館』『ゆく年くる年』等の文化系番組を制作。2年前に東京へ異動し、現在は『あさイチ』を担当している。
なお趣味は総合格闘技(MMA)で「番組を作りながら最先端のメニューで身体を鍛えられる『みんなで筋肉体操』は夢の仕事。」とは本人談。

 

吉川 昌孝
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 所長
1989年博報堂入社。マーケティングプラナー、博報堂フォーサイトコンサルタントを経て、2004年博報堂生活総合研究所に着任。未来予測プロジェクトのリーダーとして「態度表明社会」(09)「総子化」(12)「デュアル・マス」(14) など、生活者とマーケティングの未来像を発表。15年メディア環境研究所所長代理、16年より現職。著書に「亜州未来図 2010」(03)「『ものさし』のつくり方」(12)などがある。京都精華大学デザイン学部非常勤講師(08年~13年)、立命館西園寺塾第5期生(18年4月~19年2月)。現在 NHKの「三宅民夫のマイあさ!」の「マイBiz!」月曜にレギュラーゲストとして出演中(https://www4.nhk.or.jp/my-asa/

 

【関連情報】
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