コラム
メディア・コンテンツビジネス
人が集まる場所にはワケがある「Media Hotspots」第4回 NHK『みんなで筋肉体操』制作チーム【前編】
COLUMNS

個人化、多様化、分散化が進み、個人すら捉えにくくなる現在。それでも、多くの人が集まる熱いメディア/コンテンツは存在します。その熱さを生み出した方々にメディア環境研究所所長 メ環研・吉川 がお話を伺うこのシリーズ。

アスミック・エース・村山直樹会長、Webサービス「note」を運営するピースオブケイク代表の加藤貞顕氏、動画メディア「ONE MEDIA」編集長の疋田万理氏に続き、今回はNHKでテレビ番組『みんなで筋肉体操』を制作した斎藤大輔チーフ・プロデューサー、勝目卓氏、梅原純一氏を訪ねました。

近年、NHKの果敢なネット展開に注目が集まることが増えてきました。TwitterなどのSNSからのコメントを取り入れたり、これまでの番組から切り出した動画をFacebookへ展開したりと、様々な動きが見えます。今回取り上げる『みんなで筋肉体操』も、SNSやウェブメディアがこぞってその内容を取り上げ、大きな話題を呼びました。SNS時代におけるテレビ番組の有り様を、彼らはどのように捉えたのでしょうか。

「筋肉を探す」旅のはじまり

メディア環境研究所(以下、メ環研)・吉川  みなさんは普段は情報番組の『あさイチ』を手がけられているチームだそうですね。『みんなで筋肉体操』とは内容の振れ幅も大きいと思うのですが、改めて番組が生まれたきっかけからお聞かせ願えますか。

勝目 2017年11月頃に新番組の企画募集に応募したのが最初ですね。同期が『ねほりんぱほりん』を作っているのを目にして、僕も何かをやってみようと思ったのがきっかけです。最初は『みんな“の”筋肉体操』という名前で、『みんなの体操』の筋肉版みたいなイメージで提出していたんです。

斎藤 その企画募集で補欠合格ということになって(笑)。編成担当が覚えてくれていて、どこかのタイミングで再提案してくれたらしいです。

勝目 制作費が抑えられて、5分番組ですし、たとえ失敗してもダメージがそれほどないだろうと(笑)。

メ環研・吉川 勝目さんから企画が上がってきたとき、斎藤さんはプロデューサーの目から見て、どういった印象を抱きましたか?

斎藤 面白いと思いました。『みんなの体操』や『紅白歌合戦』といったNHKが持つ大きなコンテンツを生かしたいと書いていたので、たしかにその手は今後あるだろうと感じたんです。ほとんど手直しもなく、最初のコンセプトのままで提出しています。

メ環研・吉川 『みんなの体操』も、今になってよく見るとシュールな部分がありますよね。僕自身、沖縄へ家族旅行をしたときに、昼間の商店街でおばあちゃんが『みんなの体操』を見ていて、こんな景色が日本のあちこちにあるんだろうなと思いました。老人ホームでも定期的に流す番組だと聞いたことがありますが、それが他にない強みになってきているのではないでしょうか。
『みんなで筋肉体操』に話を戻すと、出演された武田真治さん、村雨辰剛さん、小林航太さんはどういった経緯で出演が決まっていったのでしょう?

勝目 コンセプトを考えているときに、『みんなの体操』のことをすごく調べました。そうすると「アシスタント」と呼ばれる演者さんに、意外にファンがついているらしいと。「今期は誰だったか」と視聴者の“推しメン”がいて、まとめサイトもできていた。同じようになるといいなと思って、無名の人でも思わず調べたくなる、SNSで拡散したくなる人選を考えました。というのも、深夜のわずか5分の放送ですから、絶対に視聴率が取れないと思っていたので、ウェブで話題にしてもらわない限り、第2弾や第3弾とは続いていかないでしょうから。

梅原 そこで、僕が候補を探す役目を担いました。それこそ始めはネットで「筋肉 芸人」や「筋肉 有名人」といった検索キーワードで調べたのですが、みんなが知っているような方ばかりで想像の域を超えてくれなかった。試しに勝目さんに見せてみても、瞬く間に「NO」を返されてしまい……。そこから目線を変えて、職業図鑑などを片っ端から読んで、筋肉を探していきました。

メ環研・吉川 筋肉を探す、っていいですね!(笑)

梅原 そこで村雨さんと小林さんに出会えました。村雨さんは書店で片っ端から本を読んでいたら発見して(笑)。小林さんはたまたま秋葉原でマッチョを探していたら……。店内ポスターか何かで小林さんを目にしたんです。彼は弁護士でもあり、コスプレイヤーでもあるので。

メ環研・吉川 出演交渉は順調だったんですか?

梅原 みなさん前のめりでOKしてくれました!こちらの意図も察してくださって。「どういうふうになるかは全くわからないけど、コンセプトに共感できる」と。

勝負はデジタル。だからこそフックを作る

メ環研・吉川 「SNSで拡散したくなる人選」という通り、『みんなで筋肉体操』はウェブでも話題になりましたね。

梅原 勝目さんは「初めから勝負はデジタルだ」と話されていたので、僕も出演交渉の初期からTwitterなどでバズらせたい意向をご相談して、3人とも「できる限り協力します」とおっしゃってくださいました。Twitter用の動画もロケの隙間に撮るようなスケジュールでしたが、たいへんに協力してくださって。

 

今振り返ると、3人とも筋肉のバランスが異なり、属性が違ったのがいいなと思っています。武田さんは細マッチョでフェミニンな感じ、村雨さんはワールドワイドな雰囲気を感じさせる筋肉で、小林さんはしっかり無骨な強さがあって。さらに、講師を務めていただいた近畿大学准教授の谷本道哉さんは、まさに正統派というバランスでした。なんというか「筋肉四天王」といった感があって、すごくいいなと。

メ環研・吉川 「筋肉四天王」…!面白いですね。3人のバックグラウンドもキャラクターも異なる点で思ったのが、先日とあるセミナーで、現代は「コアバリューから来るメッセージだけでは届かない」という話をしたんです。これまではコアバリューを定め、それを徹底的に生活者や視聴者に届けることでイメージを作り、実際に買ってもらうのがマーケティングの定石だったと思います。しかし、現代ではコアバリューが「自分に関係ない」と認識されると、その情報を全てスルーしてしまう。現代は情報が多量なので、関係のない情報は飛ばすわけですね。

斎藤 なるほど、刺さらないと。

メ環研・吉川 そこで、コアバリューは作ったうえで、エビデンスのもとに、コアバリューを他の言い方で魅力的に伝えたり、直接的に関係なくても知ってもらえたりする「撒き餌」を、どれだけ撒けるかが大切です。例えば、CMに出演しているタレントを面白く感じれば、ネットですぐに調べられるから、目的まで到達しやすくなる。そのヒット法則に合ったあるドラマの番組プロデューサーにお聞きしたのですが、そのドラマは「とにかく楽しいものを散りばめた」と。実はたくさん仕掛けた「楽しいもの」で、大きくヒットしたのが番組のテーマ曲に合わせたダンスだったそうです。そこからみんながドラマも観てくれるようになったと。まさに『みんなで筋肉体操』にも、その要素が通じると感じました。

勝目 たしかに僕らも「撒き餌を撒けるだけ撒く」のは意識していました。僕らはそれを「フック」と呼んでいました。

観られるための「2つの要素」を揃えていた

メ環研・吉川 ただ、撒き餌だけが『みんなで筋肉体操』の強みではなかったとも思うんです。

勝目 出演者のパーソナリティにも要素がありそうです。筋トレを黙々と長い期間やり続けている人は基本的にストイック。この番組のコンセプトに「追い込む」というキーワードはありますが、追い込まないとつかないであろう個々人の持つパワーというのか、不思議な凄みがあるんですね。

メ環研・吉川 筋トレを続ける人のストイックさ、あるいはアバンギャルドな感じが耳目を集めてしまう理由が少しわかった気がします。そして、この番組は実際にトレーニングすることだけが目的ではありませんよね? 見ることで気持ちが盛り上がるというのもあるはずで。

勝目 そうですね。「見ても楽しい」はコンセプトに織り込んでいましたが……編集していて「見ても楽しい」はすごく実感しました(笑)。

梅原 正直、こんなに楽しい編集作業はなかったです!

勝目 編集だけでなく、収録も最高に面白かったですね。技術さんもみんな笑いながらカメラを回していて。

梅原 入社してから何度とない「ご褒美」だと思える収録でした。やっぱり圧倒的に意味がわからないというか……(笑)。全員のバックボーンもばらばら、素性も異なる中で、彼らの共通点に“筋肉”という造形美だけがあり、ひたすら黙々と筋肉へ向かい合っている。「いったい彼らをつなぎとめているものは何なのだろう」と、つい思わせるような魅力があると思っていて。

斎藤  ……と、これは筋肉に寄りすぎの意見ですが(笑)。これだけ盛り上がったのは、勝目と梅原がネットで仕掛けてきた戦略も少しは当たったと思いますが、コンテンツとしては正直言って「ここまでは狙っていない」わけです。

派手なことせずとも、きれいな景色じゃなくとも、それらにも勝る映像的な力があった。その「絵柄の面白さ」と、みんなの「興味を持っている知りたい情報」がマッチしたのだと思います。押しつけがなく、単純に笑いながら見られて、知りたいことも得られるという基本を満たした番組を作れたのが大きいと考えています。

勝目 たしかにネットのバズはここまで狙っていなかったのですが、いまだに1日10万回ぐらいYouTubeで再生されている息の長いコンテンツになっていますからね。最近は『みんなの体操』もYouTubeの回転がいいみたいです。たぶん、相乗効果のはずです。

あえて「説明を省く」から生まれた強さ

メ環研・吉川 NHKさんというと、学習系コンテンツとしても確かなものを作ってきたという積み重ねがありますから、その点でも信頼度が高かったのでしょう。

勝目 『みんなで筋肉体操』って、そもそも筋トレとして優れた内容なんですよ。最初の企画書にも「英語学習の情報があふれているけれども、NHKの英会話番組は信用をいただいている。同じポジションを筋トレで作りたい」といったことを書いていました。「安心して取り組めるスタンダードな筋トレ方法」のポジションを取りたいからこそ、筋生理学が專門である谷本さんの役割は重要。人選が大学の先生でなくてはならない理由がそこにあるんです。

メ環研・吉川 エビデンスがあって、確実に勧めてくれるバックグラウンドがある人だと。だからこそ番組の芯がしっかりしている。今でも見てもらえるのは、そこに理由があるのですね。

梅原 勝目さんの発案で、ホームページに詳細な情報を「筋肉ガイド」として掲載しているんです。それもスタンダードな教科書として繰り返し参照できるようにしたいという意向からですね。

メ環研・吉川 一方で、考え方によっては「テレビだけを見ている人」には情報として不親切な部分があるかもしれないけれど、そもそも現在は視聴者自ら興味があれば、用意された情報にタッチできる環境がある。むしろ、テレビにとっては情報を減らすことで面白くなる可能性が高まるというジャッジができるようになったのは、変化の一つですよね。

勝目 なるほど、たしかにそうかもしれないですね。

斎藤 10年や20年前の判断なら、おそらく無理だったと思います。

勝目 たしかに僕らの上司が試写で「これは説明しないのがいいんだよな?」ってわざわざ確認してきたんです。僕はそれで「あぁ、そう見えるんだ」と思いました。僕自身は違和感はなかったけれど、NHKに長くいる上司が見たときには違和感だった。それはたしかに印象に残っていますね。

梅原 「説明やプロフィールはホームページに用意していますし、調べた上で視聴者がネットでつぶやいてくれて、話題が一つ増えるかもしれません」とは、試写でも確かに言った覚えがあります。

勝目 せめて谷本さんの情報は番組にも入れたかったけれど、今度はエンターテインメントとして成立しづらくなる。そこはホームページに載せるのが妥協案でしたね。

梅原 今回を経て思うのは、“説明しきってはいけない”ということもあるんでしょうね。テレビだけなら説明しなければいけないけれど、テレビとYouTubeみたいに他のメディアと掛け合わせるなら、妄想や雑談を引き起こすような演出で「検索してもらうこと」がそのまま番組の推進力に変わる。マルチメディアでの番組作りでは勉強になりました。「妄想と検索と雑談の余地を残す」と勝目さんが言っていたので、この3つの余地の大切さをどこかに残したいです。

メ環研・吉川 「妄想と雑談と検察の余地を残す」と「旧来のテレビ文脈の作り方」の良いバランスがこれから求められるのかもしれません。

勝目 そうですね。いやぁ、ほんとうに良い実験材料でした。僕らNHKは絶対にふざけてもスベるに決まってますから……「真面目である」というのが重要なんです。

メ環研・吉川 ただ、視聴者の側としても、それをテレビに求めているのではないか、という感じがしています。YouTuberやAbemaTV、あるいはAmazonやNetflixなどの派手なオリジナル番組があり、コンテンツは激化している。その中でNHKさんの視聴率の調子が良いというのは、芯にある「真面目さ」やエビデンスがあるのかなと感じました。

★後編へつづく

■プロフィール

斎藤 大輔
NHK 制作局 第1制作センター 生活・食料番組部
チーフプロデューサー
2003年NHK入局。これまで「生活ほっとモーニング」「NHKスペシャル」「マサカメTV」など主に情報番組を制作。現在は「あさイチ」を担当。筋トレは初心者で、この番組をきっかけに始めています…。

 

勝目 卓
NHK 制作局 第1制作センター 生活・食料番組部
2004年NHK入局。これまで「クローズアップ現代」「NHKスペシャル」など主に情報番組やドキュメンタリー番組を制作。現在の担当番組は「あさイチ」「発達障害プロジェクト」。

 

梅原 純一
NHK 制作局 第1制作センター 生活・食料番組部
2013年NHK入局。初任地は奈良放送局で、主に『日曜美術館』『ゆく年くる年』等の文化系番組を制作。2年前に東京へ異動し、現在は『あさイチ』を担当している。
なお趣味は総合格闘技(MMA)で「番組を作りながら最先端のメニューで身体を鍛えられる『みんなで筋肉体操』は夢の仕事。」とは本人談。

 

吉川 昌孝
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 所長
1989年博報堂入社。マーケティングプラナー、博報堂フォーサイトコンサルタントを経て、2004年博報堂生活総合研究所に着任。未来予測プロジェクトのリーダーとして「態度表明社会」(09)「総子化」(12)「デュアル・マス」(14) など、生活者とマーケティングの未来像を発表。15年メディア環境研究所所長代理、16年より現職。著書に「亜州未来図 2010」(03)「『ものさし』のつくり方」(12)などがある。京都精華大学デザイン学部非常勤講師(08年~13年)、立命館西園寺塾第5期生(18年4月~19年2月)。現在 NHKの「三宅民夫のマイあさ!」の「マイBiz!」月曜にレギュラーゲストとして出演中(https://www4.nhk.or.jp/my-asa/

 

【関連情報】
人が集まる場所にはワケがある 「Media Hotspots」
★第1回 映画『カメラを止めるな!』【前編】
★第1回 映画『カメラを止めるな!』【後編】
★第2回 Webサービス「note」ピースオブケイク・加藤貞顕氏【前編】
★第2回 Webサービス「note」ピースオブケイク・加藤貞顕氏【後編】
★第3回 動画メディア「ONE MEDIA」編集長・疋田万理氏【前編】
★第3回 動画メディア「ONE MEDIA」編集長・疋田万理氏【後編】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
PAGE TOP