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メディア・コンテンツビジネス
人が集まる場所にはワケがある「Media Hotspots」第2回 Webサービス「note」ピースオブケイク・加藤貞顕氏【前編】
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個人化、多様化、分散化が進み、個人すら捉えにくくなる現代。それでも、多くの人が集まる熱いメディア/コンテンツは存在します。その熱さを生み出した方々にメディア環境研究所所長 吉川がお話を伺うこのシリーズ。
映画『カメラを止めるな!』の上映拡大にいち早く乗り出したアスミック・エース・村山直樹会長に続き、第2回はWebサービス「note」を運営するピースオブケイクを訪問。クリエイター支援だけでなく、コンテンツを掲載するプラットフォームとしても国内随一の存在感となりつつある本サービスについて、代表の加藤貞顕さんにお聞きしました。noteの運営術から見える、メディア環境の変化とは。

ネット上にクリエイターの本拠地をつくる

吉川 最近、noteの名前をあちこちで目にするようになってきました。加藤さんとしては、取り組まれてきたこの5年間を振り返ると、今の状況をどうご覧になっていますか。

加藤 2019年1月にnoteの月間アクティブユーザー数(MAU)が1000万人を超えて、1年半前からすると3倍くらいになっています。今も指数的に伸びているのですが、もっと先のゴールの話からすると、僕らはnoteをインフラのレベルにまで持っていきたいと思っています。Twitterが有名人から一般人までアカウントを持っているように。

その意図の話からしましょう。僕らはnoteのユーザーを「クリエイター」と呼びますが、その定義も広めに考えているんです。あらゆるクリエイターがネット上にホームグラウンドがある状態が、今後の自然な姿だろうと思っています。

吉川 現状は、そうなっていないというわけですね。

加藤 noteがなかったころ、例えば作家は自分でサーバーを借り、デザイナーに頼んで、公式ホームページをつくっていました。それとは別に、ブログ、Twitter、Facebook、Instagramと手を広げ、バラバラに更新をして、バラバラに集客する。自著が出たら、その全てにAmazonのリンクを貼るわけです。つまり、集客が分散していて、ビジネスも別の場所で行うという構図です。

その大きな理由を、僕は「ネット上に本拠地がないからだ」と考えました。

吉川 加藤さんが考える「本拠地」の条件は何ですか?

加藤 2つの要件を満たす必要があります。一つは集客ができ、継続的にファンとのコミュニケーションが取れることです。レストランに当てはめてみるとわかりやすいかもしれません。もう一つは、そこでビジネスができることです。つまり、「集客とビジネスが紐づいた場所」こそが初めて本拠地になり得るわけです。それがネット上になかったんですよね。

吉川 「ネット上の本拠地」が足りないのは、まさに企業も同じ話ですね。

加藤 そうなんです。だからこそ、僕らはクリエイターの定義として、個人の作家だけではなく、企業も含めています。

やはり、従来のネットは宣伝媒体でしかなかったわけです。あくまでも本業は別の場所にあった。いま、noteのMAUが伸び続けているのは、時代背景からしても、本拠地の考え方について転換期にあるのでしょう。ビジネスパーソンにも同様の変化は起きていて、産業の転換が早くなったからこそ、自分という存在をネット上で見せていく必要がある。あらゆる人、あらゆるお店、あらゆる企業が、アイデンティティをネット上に持つ時代になってきているのではないかと思うんです。

その背景があるからこそ、僕らはインフラになろうと考えているわけです。

吉川 それこそが個人クリエイターだけでなく、あらゆるユーザーによってnoteのMAUが伸びている理由でもあるのでしょう。

加藤 もちろん、noteに面白い人が増えたら「見たい人」も増えますし、そこを増やす努力もしています。SEO対策もやっていますし、「.comドメイン」への切り替えも検討しています。SEOの話でいうと、noteはこの1年半ぐらいで検索からの流入がその前の8倍になりましたから。SNSを含めて、とにかくクリエイターのコンテンツを見てもらうことに、大きな力を割いています。

note は、2018年12月にnote.comとnote.jpのドメインを取得した

ディストリビューションとファイナンスを考える

吉川 noteは、ユーザーが個別に金額を設定できることも特徴ですね。そちらの面でも伸びているのでしょうか。それこそ、noteだけで生活できるようなクリエイターが現れたりですとか。

加藤 そういう方、けっこうでてきてます。ただ、僕らとしては「儲かること」を声高に言うつもりはないんです。なぜなら、noteを「ただ儲かるだけ」の場所にしたくないからです。僕らの会社は「誰もが創作を始め、続けられるようにする」をミッションに掲げています。インターネットによって誰もが創作を発表できるようになったのは、たしかに人類の進歩だと思います。ただ、同時にファイナンスのシステムが紐づいてはいませんでした。

だからこそ、実際にネット上にも広告があるわけですが……広告に関しては、まだまだ課題があると考えています。

吉川 その点については、広告会社である我々としても、非常に関心があります。

加藤 ディストリビューションとファイナンスにおいて、ネット上の最大のエンジンはGoogleですね。要するに、検索によって人とコンテンツをマッチングして、広告でファイナンスするという仕組みです。ネットはこの仕組みでドライブされてきたのは確かです。

ただ、もともと出版社で編集者としてコンテンツをつくる側だった僕からすると、ネット上の広告は「収益性が足りない」と感じるわけです。例えば、新聞社が新しく画期的な報道サイトをつくる。そこへGoogleのアドを貼って十分にファイナンスできるのか。やろうとしている企業もあるでしょうが、現在の新聞社のように災害が起きたらヘリを飛ばしたり、全国に支局を持ったりできるほどになれるのかというと、やはり難しいと言わざるを得ない。

そのくらい収益性のあるメディアサイトは、現状のネットをドライブさせてきたファイナンスシステムではつくれないですよね。僕はこの事象には、まっすぐ向き合うべきだと考えています。要するに、いいものをつくるだけで継続性が持てるのか、という話でもある。継続性を考えると、やはり課金は極めて重要です。ただ、それだけでもない。

吉川 他にも変えなければいかないものがある、と。

加藤 やっぱり「環境」ですかね。出版を例にするとわかりやすいかもしれません。日本は出版がとてもうまくいった国で、とくに戦後に大きく広まりました。その立役者は日販とトーハンという大取次です。そのたった2社と契約すれば、全国の数万店の書店に本を卸せ、しかも出版社はすぐにお金がもらえたんです。たとえば、1500円の本を1万冊卸したら、卸値が7掛けだとすれば、1000万円くらいのお金がすぐに入ってくる。つまり、ディストリビューションとファイナンスを取次が担っていたから、出版社としてはつくればつくるほど儲かる状況にあったわけです。その環境が日本のコンテンツ産業の基盤になりました。

その上で、物づくりを大事にする「空気」や「文化」が育っていきました。大手出版社は自前の旅館を持って、作家を缶詰めにするなんてことをしたりしますが、それって非効率の極みのような話ですよね(笑)。でも、それができたからこそ生まれた文学もある。その環境は既存の仕組みの圧倒的な収益性の高さによってもたらされてきたと思うんですね。収益性と文化が一体となった100年の歴史があるからこそ、日本のコンテンツ産業は盛り上がり、今でも世界有数の規模になっているのでしょう。

吉川 その環境づくりが、ネットには起きていないということですか。

加藤 ネットで収益をあげる手段がアドにしかない、というアーキテクチャに依存したままだと、文化が廃れるんじゃないかなという危機意識がありますね。ネットでコピペ記事とフェイクニュースが多いといわれるのも、アドに最適化した結果です。要は、仕入れ値が無料に近ければ収益性が低くても儲かる。理屈だけならば、すごく合理的な話です。

ただ、それを続けていると、それこそがネットの「文化」として固まってしまう。そこを僕らは変えたいし、変えられるんじゃないかと考えているんです。だから、noteは意図的にクリエイティブな空気をつくることを大事にしています。その空気が続けば、そういう文化になりますからね。

クリエイターにとっての新しい「出口」を増やす

吉川 僕はnoteにある種の「硬派さ」を感じているのですが、その理由がわかりました。今は「簡単につくれて発表できる」という機能がネットには多くありますね。

ただ、僕らは「メディア定点調査」を毎年実施していますが、SNSを含めて「発信する」や「自己表現をする」という気持ちが年々落ちているようなんですね。ネットが広まってきた当時は、ブログもTwitterも、その気持ちがあったからこそ使われていたはずなのに。

加藤 わかります。

吉川 結局は、加藤さんがおっしゃるようにディストリビューションとファイナンスが広告に最適化したことによって、PV偏重型の空気が生まれ、その文化を極端に無くしていってしまった。そこへnoteが、誰もが100円でもいいから「値段をつける」というサポートをできるようにしたのは素晴らしいことだと考えます。

要するに、ネット上には「お金を払って得るに値するもの」がある、というわけですよね。もちろん投げ銭のような仕組みは昔からありましたが、その表明こそがnoteのようなプラットフォーム、あるいはnoteというメディアに対する、「これは何かが違うぞ」といった良い意味での違和感として働いていたんだと。

加藤 そうですね。ウェブ2.0と言われていたのが15年ぐらい前で、2003年からの5年間くらいブログを含めて「きらきらしていた」時期だと思います。それは発信しやすい環境が出始めたからですね。ただ、やはり「続けること」が叶わなかった。それは、書籍化や広告といった出口の少なさも要因でしょう。つまり、発信は民主化されたけれど、ファイナンスまでは民主化されなかった。

吉川 だからこそ、ファイナンスの民主化をnoteとしても取り組もうとなさっている。

加藤 もちろん「儲け」だけが全てではありません。そこは強調しておきたいです。なぜなら、みんながみんな、お金のためにやっているわけでもないからです。自ら発信して、それを他者にわかってもらうことが前提であり、それを続けるためにはお金が要るときもある。でも、別に要らない人もいる。ただ、ひとつの出口として「課金機能」はマストだと思って付けました。

ECカートと連携してnoteに購買動線を貼れるようにしたのも、同様の考えからです。ECストアもクリエイターですからね。自分たちの思いを伝えて、物を買ってもらう。その状況下では、ECストアもメディアといえるはずです。

出口を増やす意味では、noteは出版社とパートナーシップを組んで、「クリエイター支援プログラム」も提供しています。現在は33社と提携し、noteのクリエイターを出版社に紹介するんですね。従来もnoteのコンテンツが出版されることはありましたが、その道筋を自分たちが主導となってつくったわけです。

そこでの僕らの役割は、noteで人気のコンテンツを把握していますから、それらをリストアップして出版社へお声がけすること。ちょっとした交通整理といいますか。そうすると、クリエイターにとって新しい出口が生まれる。ただ、これに関しては、僕らはお金を一切もらっていないんですよ。

吉川 そうなんですか!

加藤 はい、これは完全なるボランティア(笑)。ただ、この出口があれば、クリエイターがより本気でnoteを書けるようになるじゃないですか。最も面白いものをnoteへ載せる動機になり得る。実際に、このプログラムから何冊も本が出ていますし、増刷が決まった人気作品もありますからね。

要するに、僕らは非常にジェネラルな「クリエイターのためのメディア基盤」をつくっているともいえるわけです。

後編へつづく

■プロフィール

加藤貞顕
株式会社ピースオブケイク 代表取締役CEO
1973年新潟県生まれ。大阪大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。アスキー、ダイヤモンド社に編集者として勤務。『英語耳』(松澤喜好)、『投資信託にだまされるな!』(竹川美奈子)、『なぜ投資のプロはサルに負けるのか?』(藤沢数希)、『スタバではグランデを買え! ―価格と生活の経済学』(吉本佳生)、累計発行部数280万部を記録した『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(岩崎夏海)や、『評価経済社会』(岡田斗司夫)など、ベストセラーを多数手がける。
2011年株式会社ピースオブケイクを設立。『ゼロ』(堀江貴文)、『ニコニコ哲学 川上量生の胸のうち』(川上量生)、『マチネの終わりに』(平野啓一郎)などの編集を手がける。2012年、コンテンツ配信サイト・cakes(ケイクス)をリリース。2014年、クリエイターとユーザーをつなぐウェブサービス・note(ノート)をリリース。

 

吉川昌孝
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 所長
1989年博報堂入社。マーケティングプラナー、博報堂フォーサイトコンサルタントを経て、2004年博報堂生活総合研究所に着任。未来予測プロジェクトのリーダーとして「態度表明社会」(09)「総子化」(12)「デュアル・マス」(14) など、生活者とマーケティングの未来像を発表。15年メディア環境研究所所長代理、16年より現職。著書に「亜州未来図 2010」(03)「『ものさし』のつくり方」(12)などがある。京都精華大学デザイン学部非常勤講師(08年~13年)、立命館西園寺塾第5期生(18年4月~)。現在 NHKの「マイあさラジオ」の「今週のオピニオン」にレギュラーゲストとして出演中(http://www4.nhk.or.jp/r-asa/338/)

 

【関連情報】
★人が集まる場所にはワケがある 「Media Hotspots」 第1回 映画『カメラを止めるな!』【前編】
★人が集まる場所にはワケがある 「Media Hotspots」 第1回 映画『カメラを止めるな!』【後編】

 

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