コラム
メディア環境研究所
CES2017レポート(後編)~変わる産業構造~
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★レポート前編 ~変わるインターフェース~  はこちら→ CES2017レポート(前編)

CES2017レポート後編ではモノづくりを含めた産業構造はどうなっていくのか、そして、その中で生活者のメディアやブランドの体験はどうなっていくのかについて、考えてみたいと思います。

CESのキーノートの変遷に象徴される主役企業の変化

CESでは、キーノートのスピーカー群にどんな企業が選出されるのかに、毎年注目が集まります。「いま最も“主役”をはっている企業はどこか」という視点で、プレスや来場者に解釈されるためです。過去には家電、PC、車メーカーが登壇してきた中で、昨年は、Netflix社が登壇し、従来のモノづくり企業ではなくサービスレイヤーの企業がメインストリームに加わったと話題になりました。そして今年は、人工知能のプレイヤーを代表する位置づけで、NVIDIA社がキーノートのトップバッターと相成りました。

NVIDIA社は元々、ゲーム機などのグラフィックのチップづくりで知られていたメーカーです。私は10年ほど前、営業局でゲームメーカーさんの担当をしていたのですが、当時のNVIDIAに対する業界の一般的なイメージは「複雑な演算を必要とするゲームの描画を、リアルタイムで遅延なく実現する、強力な部品メーカー」というものだったと思われます。しかしNVIDIA社はその後、我々の想像以上に事業領域を大きく拡張していきます。そして2017年。CESのキーノート会場で最も沸いた発表は「NVIDIA社が自社の人工知能技術を核に、最先端の AI 搭載自動車をAUDI社と共同開発をする」というものでした。あのNVIDIA社が、クルマそのものをつくるようになるとは…感慨深く聞かれた方も多かったのではないでしょうか。

実は今年のCESでは、上記に限らず、「クルマメーカーと人工知能技術との連携」の発表が各社から相次いでいます。ルノー・日産アライアンスとマイクロソフト社のCortanaによるコネクテッドカー開発、トヨタ自動車とToyota Research Institute社が発表したコンセプトカーなどです。主役企業に躍り出た人工知能のプレイヤーと、モノづくりの代表格である自動車産業との連携には、いったいどういう意味が読み取れるのでしょうか?

IoTが、AIとサービスに分解されたCES2017

メディア環境研究所では生活者の視点で、各社の協業や連携のニュースを解釈してみました。先の自動車産業と人工知能技術との協業、または前編のコラムで触れた家電と音声アシスタントAlexaとの連携等によって、生活者からみると「実現してもらって嬉しい新サービス」が多く登場します。これらを、「モノ+AI=サービス」という視点でまとめ直したものが(画像1)です。

(画像1) モノ+AIで実現するサービスの例%e5%9b%b31(CES2017の各社発表より、メディア環境研究所が作成)

「モノ+AI=サービス」、という新しい方程式によって、これまでになかった生活支援サービスが実現します。そして、実現の核になっているのは様々な人工知能の技術です。これまで技術先行でひとくくりにされがちであった「IoT(モノのインターネット化)」というキーワードですが、それらは「モノ+AI=サービス」という要素に分解できると言えるでしょう。事実、今回のCESではIoTという掛け声はかなり後退して、各企業による、より具体的なサービス提案が進んでいました。図1では既に発表されている家電、クルマの例に留めましたが、これは他のカテゴリ、たとえば衣・食・健康・福祉・教育・金融、そしてメディア産業も含めて、多くの産業カテゴリでおこる変化の先駆けと言っても過言ではありません。

垂直から水平へ、新しい産業構造

「日本はモノづくり大国である/あった」とよく議論されていますが、その文脈で指している従来のモノとは、モノ単体で完成する製品として系列企業で順次納品していくような垂直型の産業構造に支えられていました。しかし、今後のモノづくりが人工知能によるサービス化を前提とした状態に昇華されていくと、産業構造そのものが変化します。納品・販売して終わるのではなく、モノからとれるセンサーデータを、核となる人工知能にインプットし続け、生活者になんらかのサービスを提供し続けることが求められます。このようなサービスの継続運用を前提とすると、これからのモノづくりは1企業だけではなかなか完結し得ません。そこで、実現に向けて「人工知能技術をもつ企業」「サービスを運営する企業」といった異業種企業との常時協業が必要となっていく訳です。その結果、家電やクルマに限らず多くのカテゴリで、産業構造は垂直型から水平型へシフトしていくという、大きな変化がおきつつあるのです。そうしたなか、今後、生活者のメディアやブランドの体験はどうなっていくのでしょうか?

生活者のアクションは、単品購入から、サービス契約へ

産業構造の変化によって、メディアやブランドの体験も今後大きく変わっていくことでしょう。2つほど事例をご紹介します。まず、雑誌のメディア体験です。米国の出版社ハースト社は、先日、雑誌ブランドごとにAmazon alexaのスキルの提供をスタートすると発表しました。たとえば、Good Housekeepingという主婦向けの雑誌ブランドのスキル(https://www.amazon.com/Hearst-Good-Housekeeping/dp/B01M0MKCZX/)では、”Alexa, ask Good Housekeeping how do I get ink out of fabric.(布に付いたインクの汚れを落とすにはどうしたらいいか教えて)”と音声アシスタントに呼びかけると、その解決方法が音声でフィードバックされます。炊事・掃除・洗濯など、家事をしている時は、たいてい手がふさがっており、スマートフォンで調べ物をするには若干億劫なものです。そのインサイトを突き、出版社がもつHow toコンテンツを新たに音声コンテンツに変換したチャレンジであると言えます。雑誌という出版物がもたらす体験を、継続的なサービス提供型に変換した興味深いケースとして注目しています。

また、生活者のブランド体験の変化の例としては、米国のアンダーアーマー社の取り組みがあげられます。CES2017のキーノート群にも加わった注目のアンダーアーマー社ですが、元々はスポーツウェアやシューズを売るメーカーでした。近年、自社製品にセンサーチップを搭載し、それらのセンサーデータと人工知能を連携させることで、ユーザーの運動量や体調の把握・管理・活動支援までをワンストップで行い、冒頭で触れたNVIDIA社と同様に、自社の事業領域を拡張させていきました。CES2017では、CEO自らが「FitnessとWellnessの総合サービスを提供する企業」としての宣言をキーノートスピーチで行いました(画像2)。製品単品のブランド体験を、継続的に生活者に寄りそうサービス体験へと昇華させた代表例と言えるでしょう。

(画像2) CES2017 アンダーアーマー社キーノートより%e5%9b%b32会場にて筆者撮影

このような生活者のメディア体験、ブランド体験の変化を見据え、今年のCESでは、食品や飲料、美容、旅行といった、一見テクノロジーと無関係なカテゴリからの企業参加も増加したとも言われています。現在の私たちの生活の中で「サービス契約」というと、携帯電話の通信キャリアとの契約が思い浮かびますが、今後多くの企業がサービス提供型へとシフトしていくと、通信以外でも様々な生活カテゴリごとに「サービス契約」という概念が広がっていく可能性があります。家の制御はX社、クルマなどの移動はY社、健康管理はZ社などと、それぞれの生活支援サービスに適応する製品を買い、サービス品質でブランドを選んでいくといったように、生活者のとるアクションも変化していくことでしょう。

メディア環境のデジタル化から、生活環境全般のデジタル化へ

広告会社の視点でみると、これまでの20年で進んできたのはPCやスマートデバイスに限定された「メディア環境のデジタル化」でしたが、今後、急ピッチで進行していくのは「生活環境全般のデジタル化」です。「モノ+AI=サービス」の方程式で産業構造そのものがサービス提供型へとシフトしていくなかで、生活者のメディア体験とブランド体験はサービスレベルで融合し、これまでにない協業が加速していくことでしょう。メディア環境研究所では、引き続き、この大きな変化の潮流を注視していきたいと考えています。

【関連情報】
CES2015レポート「インターネット化する生活空間」(前篇) ~ CESから考える、IoTの定義とは? ~ 
CES2015レポート「インターネット化する生活空間」(後篇) ~ IoTサービスの今後 ~

加藤 薫 メディア環境研究所

1999年、博報堂入社。菓子メーカー・ゲームメーカーの 担当営業を経て、2008年より現職。エンタテインメント領域を 中心に、放送、デジタルメディア、日本のコンテンツの海外展開、およびコンテンツファン動向について研究している。主なレポート :「コンテンツファン消費動向調査」(2011~)、「今、生活者が求める“Media Experience”とは?(2013)」など。

※執筆者の部署名は、執筆時のものであり現在の情報と異なる場合があります。

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