コラム
ペット業界のデジタルトランスフォーメーションを実現するために ──動物病院とペットオーナーをつなぐプラットフォーム「ペット手帳」
COLUMNS

全国の動物病院とペットオーナーをつなぐプラットフォーム「ペット手帳」。これまでになかったその画期的サービスの開発・運営を行っているのが、博報堂DYメディアパートナーズのグループ内ベンチャー企業、stepdaysです。外部パートナーとの連携や外部からの資金調達を着々と進めながらユーザーを拡大させている同社のCEO・実吉賢二郎と、博報堂DYメディアパートナーズ側からその活動をサポートしている市川貴洋に、博報堂DYメディアパートナーズ ナレッジイノベーション局 兼 “生活者データ・ドリブン”マーケティング通信編集部の斎藤葵が話を聞きました。

stepdays CEO
実吉賢二郎

博報堂DYメディアパートナーズ
ビジネスイノベーション局 市川貴洋

(聞き手:博報堂DYメディアパートナーズ ナレッジイノベーション局 兼 博報堂DYグループ “生活者データ・ドリブン”マーケティング通信編集部 斎藤 葵)

「妊婦手帳」から「ペット手帳」へ

──以前、実吉さんは「妊婦手帳」「育児手帳」のサービスを担当されていましたね。

 実吉
はい。博報堂DYメディアパートナーズ内で妊婦向けアプリ「妊婦手帳」の事業を始めたのは7年ほど前でした。社内で新規事業立ち上げの動きが出始めた頃です。先行する他社の妊婦向けモバイルサービスが成功していたこと、私自身の妻が妊娠していたことなどが事業のアイデアに結びつきました。

事業開始からユーザー数は順調に拡大していき、その後「育児手帳」という発展型のサービスもリリースしました。その2つのサービスは現在、電子版母子手帳「母子健康手帳アプリ」に統合され、NTTドコモに事業譲渡しています。

──「ペット手帳」を手がけるstepdaysが設立されたのは2019年の4月でした。新しい会社を立ち上げてペット関連事業への取り組みを始めた経緯をお聞かせください。

 実吉
「妊婦手帳」「育児手帳」は多くのユーザーに利用され、グッドデザイン賞をとるなど評価もいただいていたのですが、マーケットの規模が限られているという課題がありました。日本における出生数は年間100万人を切っています。「妊婦手帳」「育児手帳」のサービスを活用するのが、子どもが生まれてから3年とすると、マーケットは最大でも300万人くらいで、それ以上の事業拡大は見込めないわけです。

次の一手を考えているときに、北海道のある動物病院の経営者の方から連絡をいただきました。ペット業界にはペットオーナーと病院をつなぐプラットフォームがない。「妊婦手帳」のようなサービスがあったら、きっと多くの動物病院やオーナーの役に立つのではないか──。そんなお話でした。

詳しくお話をうかがうと、動物病院はデジタル化が遅れていて、ペットオーナーとのコミュニケーションは電話やはがきなどが今も主流とのことでした。多くの動物病院は、獣医師と動物看護士など数名しかスタッフがいないため、どうしてもマンパワーが足りなくなってしまうのだそうです。

市川
コミュニケーションのデジタル化が進めば、医師や看護師は診察や事務などの仕事に専念できます。動物病院のDX(デジタルトランスフォーメーション)が求められていたということです。

実吉
もう一つ、動物病院の競争が激化しつつあるという事情もありました。現在の動物病院の数は全国で1万2000くらいで、増加傾向にあります。一方、ペットの数は横ばいで、長期的には徐々に減っていくと見られています。今後動物病院が生き残っていくためには、ペットオーナーから選ばれる存在にならなければなりません。そのためには、マーケティングやCRMが必要であり、それを支えるツールが必要です。

ペットオーナーとのコミュニケーションを統合するツールに

──そのツールが「ペット手帳」ということですね。

実吉
そうです。現在のところ、病院からペットオーナーへの情報発信が主な機能ですが、ゆくゆくはオンライン受付、問診、処方や検査結果の送付、物販、CRMまでをアプリ一つで行える統合的なツールに発展させていきたいと考えています。

──現在の登録病院数とユーザー数はどのくらいですか。

実吉
病院数は現在約900です。一方、アプリダウンロード数とLINE友だち数の合計は約40万で、ペットを登録している人が約15万人、病院登録までしている人が約5万人います(※いずれも2020年10月時点)。一定数の母数獲得ができたので、現在は数を増やすのではなく質を追う方向で事業を推進しています。

──最近、ユーザー調査を実施したそうですね。

実吉
オンラインでアンケート調査を行い、そこから10人ほどのペットオーナーの皆さんにインタビューをさせていただきました。ポジティブな意見としては、「病院からのお知らせをよく見ている」「情報を送ってもらえるのでとても助かる」「先生との距離が近づいた」といったものがありました。

一方、サービスを使いこなすところまでいっていないユーザーが少なくないこともわかりました。今後、アプリの機能やインターフェースをブラッシュアップしていく必要があると考えています。

市川
同時に、病院のアプリ活用を支援しながら成功事例をつくって、それを多くの病院やペットオーナーの皆さんに活用していただけるようなノウハウにしていくことも大切であると考えています。いわゆるカスタマーサクセスです。すでに専門のチームを立ち上げて、サポート体制を強化しています。

ペットグッズ販売という次なる挑戦

──ペットフード、ペット用品の販売を手掛けるエコートレーディング社との資本業務提携を9月に発表しました。この提携の狙いをお聞かせください。

実吉
現在、国内のペットの数は1860万頭に上ります。これは非常に魅力的なマーケットであり、全国の動物病院とのネットワークや信頼関係を軸にこのマーケットにアプローチしていくことには大きな可能性があります。ペットグッズなどの販売の機能を「ペット手帳」に組み込めば、事業をBtoBからBtoBtoCに拡大していくことができるわけです。問題は、ペットグッズの仕入れや販売のノウハウが私たちにないことです。エコートレーディング社との提携によって、その問題をクリアできると考えました。

一方のエコートレーディング社は、優れた商品のラインアップを揃えているのですが、販路が量販店中心だったために、どうしても商品の魅力が埋もれてしまうという課題をお持ちでした。動物病院とペットオーナーをつなぐプラットフォームである「ペット手帳」を活用すれば、優れた商品を情報と共に多くのオーナーに届けることができます。

──両者にとって大きなメリットがあったということですね。

市川
そのとおりです。ペットの数自体は横ばいないし減少傾向にあるという話が先ほどありましたが、ペット市場の可能性は非常に大きいと私たちは考えています。現在の日本の15歳以下人口は1512万人(※2020年4月1日現在。総務省統計局調べ)で、ペットの数はそれを大きく上回っています。ペットは子どものように「家族化」していて、愛情も大きくなり、ペットオーナーの皆さんもペットへの出費を惜しまなくなっています。

その一方で、ペットフードやペットグッズの種類は非常に多く、何を選んでいいかわからないというオーナーも少なくありません。動物病院の医師からのレコメンドがあれば、ニーズに合った商品を選ぶことができるようになります。全国の医師とともに、正しい情報と商品を流通させていく。「ペット手帳」はそんなプラットフォームになりうると考えています。

──すでに提携の効果は出始めていますか。

実吉
医師のレコメンドである消臭・除菌の噴霧器セットを「ペット手帳」でテスト販売したのですが、2万円以上の高額商品であるにもかかわらず、ひと月で100台も注文がありました。どのような人が買っているかがわかるので、その販売履歴を今後のサービスや商品開発にいかしていくことも可能です。まさに、データドリブンマーケティングを実現できるということです。

国内最大のペットデータベースを構築したい

──博報堂DYメディアパートナーズは「ペット手帳」の取り組みにおいてどのような役割を果たしているのですか。

市川
stepdaysの株主という立場で活動に伴走しながら、事業戦略を一緒に考えて、ハンズオンでともに会社を成長させていくのが、博報堂DYメディアパートナーズのビジネスイノベーション局の役割です。

──博報堂DYメディアパートナーズが新事業の創出や運営に取り組むことの意義をお聞かせください。

市川
ビジネスや経済など外部環境が大きく変わっている中で、多くの企業がこれまでの事業領域を超える収益モデルの創出に取り組んでいます。博報堂DYグループにとっても、既存の広告・マーケティング事業以外の新たな収益を創ることが大きな課題の一つとなっています。ビジネスイノベーション局のミッションはその活動を推進することです。

変化の速い外部環境に適応し、新規事業をスピーディに立ち上げるためには、従来の大企業における意思決定プロセスや評価指標では対応しきれません。ベンチャーのスピード感とフットワークの軽さが重要であり、オープンイノベーションによる外部パートナーとの連携も求められます。そのために、博報堂DYメディアパートナーズからスピンアウトさせ、VCのWiL(World Innovation Lab)とJVとしてstepdaysを設立しました。実際に自分たちがベンチャー企業の経営者となり、事業運営、会社経営を行うことで、これまでにない新規事業開発やベンチャー企業経営の知見やノウハウを蓄積することができています。将来的にはそれをクライアントやメディアに提供していくことも可能であると考えています。

──2億円の外部資金(シリーズA)も調達しました。

市川
ベンチャーファイナンスとして、外部資金を調達し企業価値拡大と成長にチャレンジしていくことは、博報堂DYメディアパートナーズのグループ会社では初めてのことです。それだけstepdaysの事業に期待していただいているということだと思いますし、今後さらなる企業価値の向上と調達によって、事業拡大にチャレンジしていきます。

──最後に、今後の展望をお聞かせください。

実吉
大きく二つの目標があります。一つは「ペット手帳」を動物病院のDX支援ソリューションとしてさらに強化していくことです。先ほど「ペット手帳」を統合的なツールにしたいという話をしましたが、理想的にはこのアプリが診察券代わりになり、決済までできるようになればいいと考えています。さらにその先にはオンライン診療のツールにするというビジョンもあります。

もう一つは、エコートレーディングとの提携によって実現したECサービスを拡大していくという目標です。フードを始めペットグッズの多くは定期的に必要とされる商品なので、サブスクリプションのモデルがフィットすると考えています。

この二つの方向性をいかに融合して、より多くの動物病院、より多くのペットオーナーに利便性を提供していくか──。その試行錯誤を現在続けているところです。

──それらの活動を続けていけば、ペット関連のデータベースも充実していきそうですね。

実吉
まさにそう考えています。最終的には、国内最大のペット関連のデータベースをもつことが長期的な目標の一つで、それが博報堂DYメディアパートナーズの資産となり、博報堂DYグループ全体の資産となると考えています。その目標に向けて、今後も事業の成長を目指していきます。

──お二方、どうもありがとうございました!

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★レーディング株式会社とstepdaysが資本業務提携

実吉賢二郎 
株式会社stepdays CEO
2000年、博報堂入社。8年間の営業職を経て博報堂DYメディアパートナーズ内新規事業開発を行う部門へ。大手携帯キャリア、コンテンツホルダー、出版社、通販会社、デジタル系媒体社等との協業によるサービス開発を手掛ける。グッドデザイン賞、キッズデザイン賞社内では社長賞(2年連続)、社内コンペ金賞など受賞多数。

市川貴洋
博報堂DYメディアパートナーズ 
ビジネスイノベーション局 ディレクター
SIerでのグローバルM&A・アライアンス、事業戦略等に従事した後、2018年博報堂DYメディアパートナーズ入社。
現在は、スタートアップをはじめとした外部パートナーとのオープンイノベーションによる新規事業開発に従事。

斎藤葵
博報堂DYメディアパートナーズ
ナレッジイノベーション局 ナレッジマネージメントグループ ナレッジビジネスプロデューサー 兼 メディア環境研究所 上席研究員
2002年博報堂入社。雑誌・出版ビジネスを中心としたメディアプロデューサーを経て2016年より現職。現在はメディア・テクノロジー・デジタルマーケティング業界のプレイヤーとのビジネスマッチングやディスカッションの場の企画・運営・プロデュースを行う傍ら、当サイトの編集部員として取材・発信活動も行っている。

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