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アドテック東京
【アドテック東京2018レポート】販促領域のデジタル化がもたらす新しいマーケティングエコシステムとは
REPORT

(左から)博報堂DYメディアパートナーズの窪田充、キリンの島袋孝一氏、楽天西友ネットスーパーの竹田珠恵氏、ファミリーマートの植野大輔氏、LINEの江田達哉氏

顧客の顔が見えなかったメーカーの販促プロモーション活動は、デジタルマーケティングテクノロジーおよびプラットフォーム媒体の融合により、大きな変化が生じています。さらに決済のデジタル化の流れを取り込むことによって流通企業を巻き込んだ「エコシステム」が生まれつつあります。このような状況において、日本のマーケティングエコシステムはどのような形になっていくのでしょうか。
マーケティングとテクノロジーについてのカンファレンス「ad:tech東京2018」において、「販促領域のデジタル化がもたらす新しいマーケティングエコシステムの実現」というタイトルでセッションが行われました。スピーカーをキリン デジタルマーケティング部の島袋孝一氏、楽天西友ネットスーパーの竹田珠恵 代表取締役社長、ファミリーマートの植野大輔シニアオフィサー マーケティング本部長(現:デジタル戦略室長)、LINEの江田達哉インストアセールスプロモーション室/室長が、モデレーターを博報堂DYメディアパートナーズの窪田充 統合メディアプラニング局 ディレクターが務めました。

窪田:モデレーターを務めさせていただく博報堂DYメディアパートナーズの窪田です。本セッションのテーマは「販促領域のデジタル化がもたらす新しいマーケティングエコシステムの実現」です。スピーカーの皆様にはメーカー、小売、プラットフォーマーのそれぞれの視点から、新しく生まれてくるエコシステムについてのお考えをうかがえたらと思っています。

島袋:キリンの島袋です。メーカーの立場で最新の事例などについてディスカッション出来ればと思っています。

竹田:西友の竹田です。今年、楽天西友ネットスーパーというネットスーパーの立ち上げを行い、そちらにも関わっています。両社の状況、事例などについてお話出来ればと思います。

植野:ファミリーマートの植野です。以前商社に在籍していた際に他のコンビニに4年間出向した経験もあり、コンビニ業界には長く関わっています。本日はコンビニ、小売の立場からお話出来ればと思っています。

江田:LINEの江田です。当社ではプラットフォーマーとして販促に関連した様々なサービス・機能を提供しています。本日は最新の取り組みなどをご紹介出来ればと思っています。

窪田:まず最初に最近注目されている販促領域のデジタル化についてディスカッションしたいと思います。販促市場は現在6兆円規模(出典:日本プロモーショナルマーケティング協会)と言われています。インターネット広告市場は1.5兆円規模なので、販促市場はその約4倍の市場ということになります。この巨大な販促市場が急速にデジタル化しており、最近ではOMO(Online Merges with Offline)というキーワードが話題になっています。O2Oのように、オンラインとオフラインを別個のものとして捉えて行き来する概念ではなく、OMOはオンラインとオフラインの融合を意味しています。例えばAmazonが運営する「Amazon Go」ではレジなしの店舗でキャッシュレスを実現しており、Alibabaが運営する「盒馬鲜生」では実店舗にいながらもスマホで注文するため、まるでECで買い物をしているような顧客体験が提供されています。まさにオンラインとオフラインの融合(ボーダレス化)がうまれています。

植野:販促領域のデジタル化が本日のテーマですが、デジタル化の進展ということでいうと販促に限ったことではありませんよね。約10年前にコンビニ業界に関わっていたときには、海外のいろいろな企業が日本のコンビニ店舗に関心を持ったり、実際に視察に来ていました。でも最近は、なかなかそのような話はありません。逆に我々が米国や中国の次世代店舗の視察に行っている。これについては大変悔しく思っています。この数年で突き放されてしまったような感じがしていて。

竹田:確かに日本は他の国よりデジタル化は遅れてしまっていますね。中国はスピードが物凄く早くて、ウォルマートが今年中国で導入したモバイル決済サービスの場合、導入後一ヶ月でかなりの浸透度があるようです。

窪田:本日のテーマだと「モバイル決済」の話題は欠かすことが出来ませんね。中国では非常に高い割合でモバイル決済が使われていて、顧客の決済取引に基づき「信頼スコア」という概念もうまれています。この信頼スコアが高いといろいろな生活シーンにおいて優遇され、逆にスコアが低いと不便を強いられます。

竹田:そうなんですよね。中国の店舗の場合、レジに人は居なくてもバックルームには店員がいて、信頼スコアが低い人が入ってくるとその人をずっと監視する、というケースもあるようです。

日本でもOMOの事例が出始めている

窪田:経産省の発表では、2025年にキャッシュレス比率40%を目指すとしていますね。

江田:現状ではまだまだキャッシュレスの比率は低いですが、Suicaの利用が一気に普及したように、何かきっかけがあれば状況は変わるのかなと思っています。

窪田:そのきっかけを生むためには、キャッシュレス比率がまだ低い日本ならではのOMOとは何なのかということを考えなくてはいけないと思うんですが、キリンで取り組まれているOMO事例をご紹介いただけないでしょうか。

島袋:我々は小売に商品を卸す以外に、自販機での販売も行っています。自販機を使えば消費者の方と直接繋がれるのではないかと考え、LINEの協力のもと「Tappiness」というスマホとつながる自販機を開発しました。自販機の利用者は購買時にTappinessにスマホをかざすとポイントが溜まります。LINE Payでご購入いただくことも可能です。一方で我々の側には、匿名化した状態ではありますが、いつ、どこで、どんな性別で、どんな年齢の人が、どの商品を買ったか、というデータが蓄積されます。こうしたデータをリアルタイムに集計し、BI(ビジネスインテリジェンスツール)で、様々な角度から分析することが出来ます。こうした仕組みによりここ2年、データに基づくマーケティングがようやく出来るようになりました。

江田:TappinessではLINEユーザーのID単位で、いつどこで誰が買ったかが分かるんです。こうした仕組みづくりにチャレンジされるメーカーは過去にもいらっしゃったのですが、自社でアプリを開発されていました。LINEを活用したサービスををお使いいただく一番のメリットは、LINEには7,800万人以上のユーザーがおり、既にほとんどの方のスマホ端末にインストールされているということですね。

島袋:やはり生活者にアプリをインストールしてもらう手間がかからないのは非常に大きいと感じました。ダウンロード、インストールをしていただく障壁は大変大きいですから。
ほかにも多くのメリットを感じています。当社の缶コーヒー「FIRE」を飲んでいただいている人にLINEを使ってキャンペーンの通知を送ったりもしているんですが、通常のキャンペーンをはるかに上回る反応があります。データ分析についても、例えばこれまでも「ヘビーユーザー」という言葉は使っていたのですが、ある人が毎朝9時何分に微糖を買っている、といったことがアクチュアルに分かりました。このデータを活用して顧客のプロファイリングをすることで、FIREの新商品開発につなげることも出来ました。

窪田:購買データがプロモーション領域だけでなく、商品開発にも影響を与えているのは興味深いですね。メーカーが保有する自販機がデジタル化していく流れと、スーパーやコンビニが無人化していく流れは近しいものなのでしょうか。

植野:我々も「オートマチックスーパーデリス(ASD)」という自販機のフォーマットは持っていて、オフィス内などに約2,300台設置しています。一方で、店舗の無人化で言えば、Amazon Goのようにレジが無人なケースもあれば、中国のように全て無人の店舗もあります。その辺りが自販機化と近い動きなのかは判断しにくいですね。

窪田:自販機の場合メーカーが設置しているものが多いので、小売の無人化の流れとは違い、そのメーカーの商品しか売っていないですよね。そうすると顧客からすると自分が欲しい商品が売っていないということも起こりえると思うんですが、その辺りはどうお考えですか。

島袋:そこは考えなくてはいけない課題ですね。例えば、コンビニがレジカウンターで100円コーヒーのドリップ販売を始めたことで、既存の飲料メーカー以外の異業種との競争も始まっています。共同で取り組んだり、競合したり、状況によっていろいろあり得るので、その辺りの棲み分けを考える際もデータを活用していきたいと考えています。

植野:ファミリーマートでもLINEと共同で取り組みをしていまして、都内の店舗で実証実験を行いました。

江田:実験では2種類のLINE Beaconを設置しました。一つはプッシュ型で店に入ると自動でクーポンを届けるというもの。もう一つは特定の商品などにスマホを近づけると、その商品に関するクーポンが届く、というものです。

植野:Webページを使ったABテストは多いですが、リアル店舗でのABテストはなかなかありません。近接型のビーコンを使ったABテストでは貴重なデータを得ることが出来ました。

江田:LINE Beaconを使うにはBluetoothがオンになっていなくてはいけないのですが、今年の弊社調査では約47%の人がBluetoothを能動的に常時オンにしているというデータが出ています。この数字は大変な追い風だと感じています。LINEアプリさえ端末に入っていれば、こちらから能動的に多くの方に働きかけることが出来るんです。今回は小売店舗での実験でしたが、ラグジュアリー商材でもスマートな体験を提供すべく既に数多くの相談がきています。

窪田:リアル店舗でのデータが当たり前のように取れるようになってきたのは大きいですね。スーパーもどんどんデジタル化が進んでいると思います。竹田さん、いかがでしょうか。

竹田:スーパーの課題はコンビニほどデータが取れていないことですね。以前は、お客様の購買動向がどうなっているかあまり分かっていませんでした。ですがネットスーパーのデータを使うことで少しずつ可視化出来るようになってきました。
ウェブではABテストも実施出来るので、この結果をリアル店舗にも生かしていきたいと思っています。また併売状況など、いままで見えてこなかったデータも、ネットスーパーによって取れるようになりました。
食品はこれまで特にEC化の比率が低かったんです。直接見てから購買したい、という意向が強いんだと思います。ただEC化が進んでいなかったので、逆にそこはチャンスだと思っています。
またネットスーパーは、ダイナミックプライシングを実践しやすいという特徴もあります。競合の状況を見ながら、値段を変えています。ネットスーパーで効果があった施策が本当に実店舗で効果があるのかも含めて、様々な検証を行っているところです。

窪田:ECで実験した販促施策を実店舗にも反映していくことで、プライシング、チャネル戦略などの改善につながるということですね。では次は少し先の未来に向けてどういうチャレンジをしていきたいか、お話しいただけたらと思います。

実店舗はこれからも必要

江田:当社はLINE Payを使ったキャッシュレス化をどんどん進めているのですが、その一歩手前にウォレットレス化ということを設定しています。アナログのお財布に入っている様々なポイントカードやクーポン券、レシートなどを、LINEウォレットという形でデジタル化し、販促に使っていけないかと考えています。
これまではシールやレシートなんかを販促キャンペーンに使っていましたが、印刷のコストはかかるし、レシートの場合は見られずに捨てられてしまってキャンペーンへの参加率が低いという問題があります。LINEウォレットはこうした課題を解消出来ると思います。

島袋:今までシールの印刷にかかっていたコストを、お客様のほうに還元出来るのはハッピーなことですね。

植野:小売の現場は紙やダンボールだらけです。そうしたものがデジタル化していくメリットは大きいと思います。
ただ、全ての販促がデジタルに寄って行ってしまうのもダメだと思います。店内のポスターと組みわせるといった、リアルの視認線も重要です。

竹田:確かに、お店に来てもらってからどうやってスマホを見てもらうかも大事ですしね。

植野:デジタルで置き換えられるものを超えて、デジタルだから出来る新しい購買体験をどう作るかがポイントですね。
レジも大きな課題です。小売にとってレジは大きなハードルです。人手がかかるし、列が出来てしまう。Amazonがここに目をつけたのは本当に正しいと思います。ファミリーマートでも、セルフレジを設置したところ、客数が増えた事例があります。
あと我々としては売場以外のスペースをどう活用していくかも考えています。利便性を追求するなかで、遊びの部分をどのようにつくっていくか。全部が全部スマホで完結するようにしてしまっては、それはEコマースと同じになってしまいますから。

竹田:我々の状況も似ています。レジの人をどう減らすか、お客様の待ち時間をどう解消するかは課題です。現在、一部店舗で「スマホdeレジ」というサービスを試験的にやっています。スマホで商品のバーコードをスキャンしていただき、専用のレジですぐにお会計が出来るサービスです。この仕組みであればデータが取れるし、店舗に商品がないときにはその場でオンライン注文が出来ます。現状では、決済までは完結していないのですが、セルフレジで会計出来ます。
リコメンドや販促も可能になります。スーパーをご利用される方は物凄くロイヤルティが高く、フリークエンシーが高い傾向にあります。将来的にはECの閲覧履歴を基に、店頭でリコメンドを出すようにしたいと考えています。

窪田:では最後の質問です。日本ならではのOMOの形とは何でしょうか。中国のようになっていくのか、それとも日本ならではの進化の形があるのでしょうか。

竹田:実店舗の場合、新製品がとても多くて、それに対する消費者の方の感度も高いです。一方でネットスーパーの場合、新製品は売れず、履歴から購入する人がほとんどです。先ほどお話した通り、生鮮食品は一度は実店舗で見たいというニーズも強くあります。そういった意味では日本ではリアル店舗はいつまでもなくならないと感じています。

島袋:ラストワンマイルの、荷物の受け取りなどにも使われるでしょうね。自宅で宅配便業者から受け取りたい人もいれば、いつも行っているお店の店員さんから受け取りたい人もいるでしょう。

植野:世界に先立って高齢化社会に突入している日本において、リアル店舗のデジタル化をどう進めるか。これを突き詰めれば、もう一度世界中から日本の小売が注目される時代が来ると思います。

江田:九州にAmazon Goのようなレジレスのスーパーが既にあるんですが、そこでは地元の高齢者の方が普通に使いこなしているんです。だから、やり方次第で全く問題なく導入出来ると思います。

窪田:デジタル化というとすぐ「高齢者がついてこれない」という意見が出がちですが、UX次第では、全然問題ないということですよね。

窪田:オフライン領域のデジタル化が進んでいる現在、大手自動車メーカーがプラットフォーム構想を発表したり、キリンが自販機をメディア化したりと、クライアントがメディア化する流れがあります。また小売店舗もデジタル化してそこでCMを流したりしています。こうした状況にあるので、広告会社はその役割を考え直さないといけないなと思っています。
これまではマス広告で認知を取り、店頭で購入していただくという考え方が普通でしたが、これからは店頭で需要を生み出し、購買につなげ、そのまま顧客の囲い込みまで行うという新しいやり方も出てくるでしょう。それがオフラインのデジタル化の可能性であり、マーケティングに与える大きな変化だと思います。これで本セッションを終わらせていただきたいと思います。ありがとうございました。

◆プロフィール

窪田 充
博報堂DYメディアパートナーズ
統合メディアプラニング局 ディレクター

★こちらのコラムは博報堂DYグループの「“生活者データ・ドリブン”マーケティング通信」より転載しました
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