コラム
メディア環境研究所
生活者のデジタルコンテンツ接触傾向の変化
COLUMNS

モバイル化とスマホが花開かせた「電子書籍元年」

ずいぶん前から毎年のように「電子書籍元年」と言われ続けてきましたが、雑誌に限らずコンテンツの電子化やデジタル系サービスが一気に花開いたのは、2014年から15年にかけてという印象を持っています。
それには理由が2つあり、1つめがモバイル化です。コンテンツのデジタル化はこれまでも続いていましたが、いわゆるパソコンで見られることを前提とした形が中心でした。そんななか、11年をピークにパソコンの接触時聞が下がってきている傾向があり、その分モバイルが急激に伸びています。
もう1つの理由がスマートフォンの普及です。私どもが2006年より行っている「メディア定点調査」によると、15年現在、東京でスマホの普及率は7割弱、ローカル(高知)では6割弱です。東京でメディア系の仕事をしている方は相当初期からスマホを持っていたと思うのですが、一般化してきたのは本当にこのl年くらいです。
また、通信回線LTEの普及により、データのサイズが大きい画像や、動画も見られるようになってきたというのも普及率を高めた理由に挙げられます。人々の生活が多忙になるにつれ、家にいる時間は限られていき、メディア接触の時間はなかなか伸びない。でも、モバイルだとテレビを見ながら手元で調べ物をすることもできます。モバイルがメディア接触時間全体を拡張させています。

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情報接触の緩急に対応する圧縮コンテンツの必要性

情報の見方でいうと、接触の緩急を図るようになっていると思います。スマホ以前にも雑誌で手早くトレンドチェックするといったことはあったのですが、情報量が毎年、何10倍という勢いで急激に増えるなか、スマホの本格普及によって、情報接触の緩急の幅が広がっています。朝起きてすぐSNSをチェックするなど、非常にファストな情報接触のしかたがある。一方で、電子コミックなどのアクセスピークは夜間で、寛ぎながらゆっくりとコンテンツに接触している。こま切れに手早く見ていくか、ゆっくり見るか。この幅が私たちの想像よりもはるかに拡大してきています。緩急のどのタイミングに情報を投げるのかを強く意識していかないと、単純な電子化では、なかなか消費者の気持ちに刺さらない状態になっています。
おそらく、生活者の中には大きく情報や世の中を知りたいという欲求と、日々の生活の課題、たとえば晩ごはんや、髪型・ファッションなどをすぐに解決したいという欲求があり、それらについては、ますますファスト化している傾向があります。一方で、スローな接触にはコンテンツで勝負していく必要があり、デジタルコンテンツで情報提供をするといっても、その緩急を見極めないと失敗してしまうと考えています。
ファスト化でいえば、最近スマートウォッチユーザーのメディア接触についてインタビュー調査をしたのですが、驚いたのがスマートウォッチでLINEニュースをぱぱっと見た後、スマホでゆっくり記事を見ていたのです。見出しと写真だけでなんとなく見るべきニュースかどうかを直感的に判断して、詳しく知りたいもののみスマホでゆっくり見るというのは、私たちの想像のさらに上をいく使いこなし方でした。電子雑誌をより普及させようとするならば「コンテンツの圧縮版」、見出しと写真だけなど、相当削ぎ落とした情報を別の場所に出していかないと、本来読ませたい、または課金させたいコンテンツに誘導できません。圧縮した情報が外にあることで、ユーザーはTwitterやFacebookに書きやすくなります。そして、最終的に自社の媒体やdマガジンなどに誘引していけばいい。例えて言えば、月と地球のように、小さな圧縮したコンテンツを外側に持たせることが、出版業界には重要になってきていると思います。

「○○放題」は経済的な魅力とともに
情報の後追いに効果あり

また、dマガジンの成功要因の1つである「読み放題」もスマホの本格普及に大きく関係しています。
モノやサービスの普及について一般的に言われている「イノベーター理論」というものがあるのですが、初期にサービスを採用するイノベーターたちは開拓心が旺盛なので、放っておいても好きなコンテンツを次次と検索して買ったり、ゲッ卜したりする。
しかし、今スマホが生活に入ってきたばかりの人たちは、非常に真ん中の、普通の人たちなので、そこまで情報感度が高くない。その人たちは「見放題」「聴き放題」というものに「これ以上お金がかからない」という利点とともに、「インターネットのたくさんの海から探し出すストレスがない」という利点も感じています。スマホの普及を下支えしている生活者の層と「見放題」「聴き放題」のビジネスはちょうど合致していて、非常にいいタイミンクだという印象です。
さらに、初期のスマホユーザーは端末の価格が高かったという事情もあり、ビジネスパーソンが中心でしたが、今は若年層がスマホでのメディア接触を牽引しています。彼らに向けて自社コンテンツをどう差別化していくかも重要です。動画配信についての生活者インタビューを行ったところ、生活者たちは「気になっていたアレが見たい」という言い方をしていました。日々忙しすぎるので、なかなか全部のニュースや動画、映画、テレビ番組などが追い切れない。ところが定額であれば何をどれだけ見てもいいので、どこかで見た情報を元に、あれは結局なんだったのだろうということを定額制サービスのなかで確認することが可能です。
こうしたニーズに応えるためにも、前評判や話題のニュースはどこかで作っておかなければなりません。dマガジンや見放題サービスで初めて、話題のニュースを見ようという人もいると思いますが、やはり行動を起こさせるには、別のニュースや別の場所から呼び込むことが有効。もしくは情報に継続性を持たせて、一定の頻度で更新し続けるなど、きっかけをうまく設定していく必要があると思います。

広告にも緩急と課題解決が必要
記事広告の注目が高まる

広告においても、おそらく緩急を作っていくべきではないかと思います。得意先の勉強会などに行くと、いわゆるモバイル広告の小さいバナーで人が本当に動くのか、プランディングやマーケティングにどう有効なのかと手探りである企業が多いです。では、どうしたらいいのか。現代は社会的にも生活面でも様々な課題がシビアになっていることもあり、デジタルにおいてもそうした課題を解決する「記事広告」への需要が増えるでしょう。
とくに相性がいいのは生活の更新欲求という部分。例えば、朝・夕方・夜などの時間に合わせて、家に帰ってすぐできるアクションを提案するという施策。夕食なのか、はたまた美容法なのか、家でできることに対して「こういうやり方があるよね」と広告主やメディアが提案していく。それが生活者にとっては「情報」になっていくわけです。単純にパナーとか、読ませるだけのものではなく、アクションを起こしゃすいハウツーとなれるものです。それらは生活提案になるので、「それをサポートするのがこの商品」という落とし込み方にすれば消費者にはすっと入っていきます。
壁紙を替えたいとか、椅子の脚を取り換えたいとか、生活のちょっとしたことに、消費者は常にスマホで答えを求めている。それは「ほしい」という気持ちの表れなので、そこに対して提案していくということです。インターネットで検索すると有象無象の情報が出てきて本当に困ってしまうなか、情報の、編集のプ口である出版社側の「こういう生活のあり方があるよ」という提案がより見つけやすいようになれば、広告ももっと見られていくと思います。

日本雑誌広告協会 会報「雑誌広告」2016年2月号より転載

加藤 薫 メディア環境研究所 上席研究員

1999年、博報堂入社。菓子メーカー・ゲームメーカーの 担当営業を経て、2008年より現職。エンタテインメント領域を 中心に、放送、デジタルメディア、日本のコンテンツの海外展開、およびコンテンツファン動向について研究している。主なレポート :「コンテンツファン消費動向調査」(2011~)、「今、生活者が求める“Media Experience”とは?(2013)」など。

※執筆者の部署名は、執筆時のものであり現在の情報と異なる場合があります。

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