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メディア・コンテンツビジネス
D&ADメディア部門を審査して
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4月17日~24日イギリス・ロンドンで今年54回目となるD&ADの審査が行われ、
5月19日に受賞結果が発表となりました。

★受賞結果はこちら(公式サイト)★

博報堂DYメディアパートナーズとしては初の審査員派遣となる同賞。過去カンヌやアドフェストなど国際広告賞で審査員を経験し、今回D&ADで新設のメディア部門の審査に当たった三神正樹 常務執行役員に、審査の感想と印象的だった作品などについて聞きました。

“クリエイティブ愛”に満ちた賞

今回初めてD&ADに参加し、一言で言うと「クリエイティブ愛に満ちた賞だな」という印象を受けました。というのも、賞を主催する「British Design and Art Direction (D&AD)」は今をときめくエージェンシーのチーフクリエイティブオフィサーなどが運営陣に名を連ね、そのすべての収益を若手クリエイター育成のための教育事業などに当てている非営利団体です。賞全体が、クリエイティブコミュニティをもっと豊かにし、次世代の面白いクリエイターを見出していこうという空気に満ちていた。また、実際にデザインの展示に割かれたスペース、ボリュームともに他のアワードと比べて圧倒的に多く、特にデザイナーにとってはそれだけでも必見だと思いました。

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ピュアでシンプルな審査基準

私が審査を担当したのは、今年から新設されたメディア部門です。特徴的だったのは審査員にクリエイターが多かったこと。同じメディアエージェンシーだとしても、カンヌであれば経営者が来るところ、D&ADにはチーフクリエイティブオフィサーが来る。審査方法も、採点式のカンヌなどとは違い、D&ADの場合一次審査で問われるのは「次のフェーズでもこの作品を見たいかどうか?」という質問だけ。それに次々と「YES」「NO」で答えます。また、最終段階になると、カンヌなどの場合はその場で審査員が手を挙げて投票するため誰が何を支持したかが明白ですが、D&ADでは最後まで無記名。誰が何に投票をしたかがわからないのです。各賞における受賞数のガイドラインも特に設けられていないので、枠によっては受賞作品がないということも当然ありうる。そういう意味では非常にピュアで、かつフェアな思想に貫かれた賞だなという印象です。

一方で課題と感じたのは、メディア部門における審査のクライテリアがややあいまいだったこと。メディアビジネス的に考えて、たとえばカンヌなどのメディア部門で問われるscalable(拡張できるか)、 ownable(所有できるか)、 measurable(測定できるか)といった観点から審査すべきなのではと主張しても、クリエイターが多数を占める他の審査員たちはあまりぴんときていないようだった。そういうなかで結果的に評価されていたのは、メディアの仕組みや拡張性などは問わず、シンプルにメディアインサイト、コミュニケーションインサイトに優れていたものです。

印象的だった2つの作品

メディア部門で評価が高かった作品のひとつは、サブカテゴリがアウトドアの『Women’s Aid Look At Me-Outdoor』というイギリスのキャンペーン。

テーマは家庭内暴力です。横長の巨大なデジタルサイネージに顔にあざのできた女性の顔が写っているんですが、画面の下にカメラが設置してあって、道行く人が画面を見上げるとリアルタイムで認証します。画面を見ている人の数と見ている時間の累積値がある値を超えはじめると、女性の顔からあざがすーっと消えていく。でも顔をそらすとあざはまた大きくなる。つまり「見て見ぬふりをしてはいけない」というメッセージなんです。もちろんソーシャルグッドの観点からもよかったんですが、アウトドアのソーシャルインタラクションとしてもすごく面白くていい仕組みだった。満場一致で高評価でした。

それからメディア部門の評価も高く、個人的にすごく好きだったのが、『Brewtroleum – A real reason to drink more DB Export』というニュージーランドのビール会社のキャンペーン。

ビール需要を喚起するために考えたアイデアが面白かった。まずビールの醸造場から出る植物性廃棄物を発酵させ、大量のバイオエタノール燃料をつくり、さらにニュージーランド全土に専用のガソリンスタンドを60カ所設置、数カ月にわたって実際にその燃料を販売したんです。二酸化炭素排出量が削減できるし化石燃料も使わない。そして「DB Exportを飲もう、世界を守るために」というメッセージを展開した。一カ所だけ、1週間だけという規模だと中途半端なイベントで終わってしまいますが、そこまで徹底したのはすごいと思いました。CMも面白かった。出かけようとする夫に玄関先で「どこに行くの?」と奥さんが聞くと、「世界を救いに!」と夫が答える。「…で、何時頃帰るの?」「9時くらいかな」という(笑)。規模的にも、アルコール飲料とガソリンを結びつけるという点でも日本だと考えにくい。そういう意味でも印象的でした。

実は最後まで残っていた作品がソーシャルグッド的なものばかりだったので、自分が強くこれを推したんです。ソーシャルグッドはもちろん大事だけど、目的が絶対的な善である限り誰も否定できない。たとえばポテトチップのAとBのどちらがいいかに絶対善はないけど、HIVをなくしたほうがいいか?となったら答えは決まっています。マーケティング的にはそこの議論こそが大事なわけで、ソーシャルグッドは議論の余地のないところで評価されているとも言える。でも自分たちが広告ビジネスに携わっている以上、やはりコマーシャルブランドでビジネスとして何ができるかを考え、それに秀でたものを評価すべきだと思ったんです。

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マーケティングコミュニケーションとメディアは表裏一体である

近年さまざまなアワードで「メディア部門」が新設されているのは注視すべきことだと思います。20年前なら、テレビ画面とかタブロイド紙の枠の中でアイデアを考え、クラフトを詰めていけばよかったわけですが、いまそのメディア環境が変化しています。世界がようやく、マーケティングコミュニケーションとメディアは表裏一体である、あるいはコミュニケーションの出口と、プランニング・戦略・クリエイティビティは表裏一体であって、それらは実装されて初めて意味を持つんだということに気づき始めたんでしょう。

前述の『Women’s Aid Look At Me-Outdoor』もそうですが、アウトドアやモバイルを使った面白いアイデアは受賞作品以外にも実はたくさん出てきています。アウトドアとモバイルを中心とするメディア環境、使い方、仕組みの変化には、言うまでもなくとてつもなく大きな可能性があります。D&ADに限らず、メディア部門における明確な審査基準が確立されるまでどれくらいかかるかわかりませんが、広告業界に携わる方はそうした議論の一端に触れるだけでも、今後の戦略や企画について何かしらのヒントや示唆を得ることができるのではないでしょうか。

★受賞結果はこちら(公式サイト)★

三神正樹 常務執行役員

1982年博報堂入社。インターネットの黎明期から、中心的存在の一人として博報堂のデジタルビジネスを牽引。2009年にエンゲージメントビジネス局長に。2011年博報堂執行役員兼博報堂DYメディアパートナーズ執行役員に就任し、データドリブンマーケティングなどに取り組む。カンヌ2013(メディア部門)、アドフェスト2014(メディア&エフェクティブ部門)、スパイクスアジア2015(メディア部門)、Facebook Award2015、D&AD2016(メディア部門)で審査員。

※執筆者の部署名は、執筆時のものであり現在の情報と異なる場合があります。

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