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【カンヌライオンズを振り返る】 今年の傾向と世界の中の日本
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第62回カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバルを視察、帰国後間もないメディア・コンテンツクリエイティブセンターの榊原廣センター長に、カンヌの現在と、日本の広告業界の課題などについてうかがいました。

■今年のカンヌ全体の印象はいかがでしたか。

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カンヌライオンズはもともとアドシネ(劇場広告)の祭典として始まりました。当初はあくまでもコマーシャルフィルムの祭典だったのが、徐々にグラフィックなどにも広がっていき、2004年に現在の経営者に代わってからは広い意味でのクリエイティブの祭典として生まれ変わり、ビジネスとしても拡張してきました。

去年はライオンズ・ヘルスといって健康領域に特化した部門が別日程に切り離されたほか、今年はライオンズ・イノベーションという部門も別枠で設けられました。カンヌの存在自体がこのように拡張しているわけですが、これは世界の広告業界が置かれている状況そのものだと思います。広告表現そのもののクリエイティブで世の中にインパクトを与えようという時代から、多様化する課題を抱えながら、「仕掛けのクリエイティブ」で世の中を変えて行こうという傾向へ変わってきています。

そんななかで、テーマとして今年注目を集めたのがソーシャルグッドです。女性、健康、貧困…フィルムもデジタルもPRも、受賞した作品にはそうした傾向が強かったですね。「女性らしさ」の概念を問う「#Likeagirl」、カンボジア人の鉄分不足に取り組んだ「The Lucky Iron Fish Project」、自動車と自転車の接触事故対策として作られた「Lifepaint」、DV被害者の女性を救うアプリ「Vodafone Red Light Application」など枚挙にいとまがありません。ある程度面として成果が出ているもの、たくさんの人にちゃんと伝わり、彼らの暮らしを確実にリフトアップしたという実績が見られるものが評価されたと思います。

また、見えないガラスの天井を壊そうという、女性をとりまく社会課題にとりくむという視点でのグラス部門も新設されましたが、これもソーシャルグッドの流れのなかにあるでしょう。

一方で、老舗デパートのCM「Monty’s Christmas」(フィルムクラフト部門グランプリ)、“スキップされない”動画広告を提案した「Unskippable」(フィルム部門グランプリ)など、理屈抜きで感動したり、シンプルに面白い王道的な作品もたくさんあって、これらは純粋に楽しめました。

■特に気になった今年の傾向はありますか。

会場を回る中で、今年のキーフレーズだと感じたテーマがいくつかありました。

1つは「ストーリーテリング」。技術や仕掛けの新しさだけではなく、人の心に残るような、全体を貫くストーリーをいかにつくれるかということ。

2つ目は「ロングボイス」。自分たちのブランドが訴えたいことをいかに継続的にうまく伝え続けられるか。

3つ目は「インターセクト」とか「オーケストレーション」。ひとつひとつのカテゴリーや企業がばらばらに動くのではなくて、それが出会ってつながったり、あるいは複数のマーケットを取り込んでいくことで新しいものが生まれるということ。

4つ目は「アクセレレイター」。たとえば、ある程度知名度はあるけれどちょっと弱体化しているブランドに対し、広告会社が主体的に出資して再生させた例や、事前にセレクトしたベンチャー50社をネットワークさせようとする広告主など、広告会社もベンチャーも広告主も関係なく、ジャンルを越境して、新しいビジネスを生みだそうという動きがあると感じました。

そして5つ目が「変化を前提とする広告主」。エージェンシーが変化するのと同じく、広告主もどんどん変化している。新しいことをやらなくちゃだめなんだという意識のもと、“何か面白いことをやっている人”にお金を渡し、それを実現させて、世の中を変えていくのがスポンサーの役割だと自覚している企業の存在感を感じました。

これら5つのキーフレーズに代表されるような傾向が、今年の新しい動きとしてあったように思います。

■帰国して改めて、世界の中の日本の広告業界について感じることは。

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ソーシャルな課題をクリエイティブで解決するという潮流からすると、世界中の誰もがわかりやすい社会的課題が少ない日本勢の受賞は、なかなか難しいかもしれません。逆に言うと、普遍的な社会課題を見つけるクリエイティビティということ自体が、いま問われているのではないでしょうか。

そうしたなか、これから日本の活躍が期待できるカテゴリーとしては、テクノロジーをクリエイティビティで社会価値化する、イノベーション部門があると思いました。広告コミュニケーションの領域からは離れますが、サービス開発や商品開発までが評価対象に含まれるので、たくさんのテクノロジーシーズを持つ日本企業と組むことで、チャンスが広がる可能性が大きい。今年、ロボットやデータ周りで日本らしい発表がありましたが、これらも、そうした可能性の端緒だと思います。

その一方で、日本の広告業界ならではの難しさも感じました。ご存じのように、日本と海外の広告ビジネスのあり方は、随分と異なります。「クリエイティブ」のビジネスがある程度独立して成立する海外のエージェンシーと、メディアをはじめとした各種のソリューションの付加価値としてクリエイティブが位置付けられる日本のエージェンシーでは、カンヌのような国際広告賞に求められる役割が違うと思います。これまではその違いがあまり顕在化していませんでしたが、グローバル化やビジネスモデルのイノベーションが一層問われるようになる今後、クリエイティブの先鋭性をどのようにしてビジネスと連動させるかについて、改めて考える必要があるでしょう。

とは言え、私たちの価値の源泉は、どこまで行ってもクリエイティビティでありアイデアです。いわゆる「カンヌ熱」にうなされる若いクリエイターの熱い想いをどのようにビジネスに結びつけ、活躍の場を設けていけるか。この部分に関しても、引き続き一生懸命考えていかなくてはならないと思います。

榊原 廣 メディア・コンテンツクリエイティブセンター センター長

1984年博報堂入社。2003年博報堂DYメディアパートナーズへ。04年4月より同メディア環境研究所主席研究員、08年同研究所所長に。12年雑誌局長、15年3月よりメディアコンテンツクリエイティブセンター・センター長。プラニング現場での豊富な経験に基づく企画力開発指導に定評がある“企画のプロ”。著書に「企画力の教科書」(日本実業出版社)、「パワポ使いへの警告」(講談社)がある。

※執筆者の部署名は、執筆時のものであり現在の情報と異なる場合があります。

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