コラム
成長し続けるTVerは動画広告市場をどう変えていくのか ──「テレビ」と「動画」の領域を拡大するTVerの挑戦【前編】
COLUMNS

在京民放キー局5局が共同で運営するテレビ番組のプラットフォーム「TVer(ティーバー)」。2015年のサービス開始から順調にユーザー数を伸ばし続け、アプリの累計ダウンロード数は3400万超、MAU(月間アクティブユーザー数)は1697万に達しています。(2021年3月現在)「テレビ番組をネットで無料で見る」というモデルの強みや、視聴者のCM接触の特徴、TVerならでのはデータ活用の可能性などについて、同社取締役の須賀久彌氏と、博報堂DYメディアパートナーズ・メディア環境研究所の上席研究員、森永真弓が語り合いました。

緊急事態宣言下におけるTVer

森永
2020年4月に新型コロナウイルス感染拡大にともなう緊急事態宣言が出されました。そこから2カ月近くステイホームの時期が続きましたよね。番組収録も難しくなって、一時期地上波テレビには再放送番組が溢れました。TVerの視聴にも影響はあったのでしょうか。

須賀
TVerは2015年のスタート時から、前年比110%から120%くらいで継続的にユーザー数と再生数を伸ばしてきました。2020年4月~5月のステイホーム期間中も、その伸び率はほぼキープしていました。もっとも、ステイホームの時期、ほかのサブスクリプション系の動画サービスはかなりの伸びを記録したと聞いています。TVerはそこまでの伸びはありませんでしたね。

森永
TVerは、番組を放送後1週間無料で見られるのが特徴で「見逃し配信」とも呼ばれていますよね。しかし、新作番組の放映がないと、そもそも見逃していないので、TVerにアクセスする理由がなくなってしまいます。ともすれば激減してもおかしくない環境の中、伸び率がキープされた理由をどう分析されていますか。

須賀
ちょうど、過去の番組のラインナップが増えた時期で、それが見られていたということだと考えています。もちろん、新作に対する期待感はあったと思います。4月スタート予定のドラマの収録が遅れて、放映開始が6月後半から7月にずれ込んだのですが、その時期にかなり数字が伸びたことがそれを示しています。

森永
巣ごもり生活の中でTVerを初めて見て、映像コンテンツの面白さをあらためて知った人も多かったということでしょうか。

須賀
それは間違いなくあると思いますね。それから、PC、スマートフォン、タブレットなど、テレビ受像機以外でテレビ番組を見るという経験を初めてした人も多かったと思います。

ドラマが全再生数の6割

森永
現在、TVerで主に視聴されているコンテンツはどのようなものなのでしょうか。

須賀
最も多いのがドラマで、全再生数のうちのおよそ6割を占めています。TVer全体のレギュラー番組のコンテンツ数が現在およそ350本で、そのうちドラマは二十数本     です。そう考えれば、ドラマはかなりのキラーコンテンツと言っていいと思います。その次に視聴数が多いのがバラエティです。

森永
ドラマの人気が圧倒的に高いのですね。

須賀
ドラマのラインナップは、TVerスタート後の早い段階でかなり充実しました。「ドラマの見逃し視聴はTVerで」というブランディングができたことが大きかったと思います。

昨年のとある人気ドラマがTVerでは配信されなかったのですが、それに対して相当な量の問い合わせをいただきました。「TVerならドラマがすべて見られると思ったのに」「裏切られた」といった声が多かったようです。それだけ、「ドラマのTVer」という認知が広まっているということなのだと思います。

森永
ドラマが人気ということは、ユーザー層も女性が多かったりするのでしょうか。

須賀
そのとおりです。F1、F2が最も厚い層になっていますね。しかし、昨年末から今年の年始にかけてスポーツ番組を配信したことで、男性視聴者も増えています。女性や若者だけでなく、あらゆる層の方々に楽しんでいただけるメディアであるというアピールをしていきたいですね。

視聴時間のピークは22時から24時

森永
先ほどデバイスの話が出ましたが、基本的にはスマートフォンやタブレットなどのスマートデバイスでの視聴が中心ですか。

須賀
圧倒的に多いのがスマートデバイスですね。もともとはPC視聴も多かったのですが、2019年4月にテレビ受像機対応を始めて、20年の11月に再生数比率でテレビがPCを超えました。テレビは今後対応機種が次々に出てくると思いますし、テレビをネットにつなぐ家庭も増加傾向にあります。「ネット配信のコンテンツをテレビ受像機で見る」というスタイルは、これからさらに広まっていくのではないでしょうか。

森永
メディア環境研究所の調査「メディア定点調査」でも、7、8年前からPCでの動画視聴が落ち始めたというデータがあります。今後は、スマートデバイスとテレビを使い分ける時代になっていきそうですね。TVerがよく見られている時間帯も教えていただけますか。

須賀
やはり夜が多いですね。18時、19時以降に視聴数が増えて、22時台から24時台くらいがピークになります。

森永
地上波テレビよりも視聴が集中するタイミングが遅めですね。

須賀
おそらく、一日の生活を終えて、ベッドに入ってからスマートフォンで番組を見る人が多いのではないかと考えています。例えば、子育て中の視聴者は、子どもが起きている間はなかなかテレビをゆっくり見ることができませんよね。子どもを寝かせつけてそのまま     、ひと息ついて、スマートフォンで見逃し視聴をする。そんな感じでTVerを活用している人も多いのではないでしょうか。

CMの視聴完了率は95%超

森永
TVerはもともと、在京キー局5局すべてが自社の動画配信サービスをスタートさせたあとで始まっていますよね。違法にアップロードされる動画に対抗する狙いがあったとお聞きしています。TVerによって、ユーザーをオフィシャルなサービスに誘導することには成功したのでしょうか。

須賀
ほぼ成功したと考えています。違法動画は、ユーザーが検索して探さなければならないし、画質や音質もまちまちです。それに対して、公式サービスのコンテンツは、探す手間がかからないし、品質も統一されています。公式サービスがしっかりしていれば、違法コンテンツは減るということだと思いますね。

一方、番組を視聴できる期間がほぼ1週間というシステムを制約と感じている視聴者も少なくないと思います。1週間は広告モデルによって無料で視聴可能にし、それ以降は無料では見られないけど、サブスクリプションモデルにきちんと誘導する。そんな仕組みづくりが今後は必要になるかもしれません。

森永
確かに、友人に今一番面白いと思っているドラマを勧めたいと思っても、既に5話まで進んできているので途中の4話から見てもらうしかない、という状況がよくあります。最新話と、最初の1話の両方が見られたらいいのに、と思うことがあります。一話を見て面白いと思ってもらったら、間の話はサブスクリプションサービスで埋めてもらい、最新話に追いついてもらうという誘導も気軽にできそうです。

ところで視聴完了率、つまり再生ボタンを押してから最後まで見られる確率はいかがでしょうか。基本的にはネット動画は、途中で離脱する人が多い前提で考えてしまいますが。

須賀
視聴完了率が非常に高いことが、TVerの特徴の一つと言っていいと思います。スマートデバイスで約66%、テレビに至っては約75%の人が最後まで番組を見ています。「一度見始めたら、最後まで見る」というのがTVerを見る基本的な視聴態度になっているということです。

森永
視聴完了率が高いということは、間に挟まるCMも結果的にじっくり見てもらえているということですよね。

須賀
それは非常に大きなポイントです。CMの視聴完了率は95%を超えています。ほとんどのCMはしっかり最後まで見てもらえているということです。地上波テレビのように、CM中にほかのチャネルをザッピングするという行動が、TVerでは(視聴を中断することになるため)     見られません。

森永
そう考えれば、じっくり見てもらいたいCMがTVerに向いていると言えるかもしれませんね。例えば、30秒の企業広告とか。ブランディング目的の長尺のものは良さそうです。

須賀
まさしくそのとおりだと思います。企業や商品の認知を高めたい。ブランド力を上げたい。そんなニーズがある場合、TVerは非常に適したメディアだと思います。

いかに番組を気軽に見てもらうか

森永
一方で、ほかのネット動画のように「つまみ見」をする人は少ないのでしょうか。

須賀
それもおっしゃるとおりですね。それは裏を返せば、気軽に見てもらえていないということで、それが一つの課題であると考えています。「隙間時間などにちょっとだけ見る」という人をどう取り込んでいくか。

「縦視聴」と「横視聴」の違いが話題になることがありますよね。縦画面だと「つまみ見」だけれど、横画面になると「じっくり見る」という態度に変わる。そんな傾向があると言われています。ドラマは「じっくり見る」でいいと思うんです。でも、バラエティはもっと「つまみ見」をしてほしいし、見ながらほかの人とシェアしたりもしてほしい。そんな思いがあります。

森永
バラエティは、1時間番組をそのまま配信するのではなく、コーナーごとに短い動画を配信していくといった方法もありそうですよね。

須賀
大いにありだと思います。あるいはインデックスをつけて、コーナーごとに再生できるようにするとか。そもそもバラエティは、「ザッピングしている視聴者をつかまえる」という発想でつくられていますから、最初から最後までじっくり見るというスタイルのコンテンツではないんですよね。コンテンツを短尺にして、かつCMはしっかり完視聴してもらう。そんなユーザーインターフェースをつくっていくことも必要だと思います。

(後編に続く)

須賀 久彌
株式会社TVer 取締役
1996年4月 株式会社電通入社。システム開発室配属。 総合デジタル・センター、メディア・コンテンツ計画局、テレビ局ネットワーク1部(日本テレビ担当)などを経て、株式会社プレゼントキャストの設立に関わり、2006年7月より出向。
2008年6月代表取締役社長に就任、gorin.jpやTVerの立ち上げに関わる。
2018年1月、11年半ぶりに電通ラジオテレビ局に帰任。
民放キャッチアップ、ABEMAなどの動画広告のセールスやデータ関連など放送領域の次世代ビジネス担当に。
2019年1月、ラジオテレビ局から業推と次世代部門を切り出したラジオテレビビジネスプロデュース局(ラテBP局)設立に伴い、ラテBP局長。
2020年7月から(株)TVerに出向して現職。

森永 真弓
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 上席研究員
通信会社を経て博報堂に入社し現在に至る。 コンテンツやコミュニケーションの名脇役としてのデジタル活用を構想構築する裏方請負人。 テクノロジー、ネットヘビーユーザー、オタク文化研究などをテーマにしたメディア出演や執筆活動も行っている。自称「なけなしの精神力でコミュ障を打開する引きこもらない方のオタク」。

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