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人が集まる場所にはワケがある「Media Hotspots」第4回 NHK『みんなで筋肉体操』制作チーム【後編】
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個人化、多様化、分散化が進み、個人すら捉えにくくなる現在。それでも、多くの人が集まる熱いメディア/コンテンツは存在します。その熱さを生み出した方々にメディア環境研究所所長 メ環研・吉川 がお話を伺うこのシリーズ。

アスミック・エース・村山直樹会長、Webサービス「note」を運営するピースオブケイク代表の加藤貞顕氏、動画メディア「ONE MEDIA」編集長の疋田万理氏に続き、今回はNHKでテレビ番組『みんなで筋肉体操』を制作した斎藤大輔チーフ・プロデューサー、勝目卓氏、梅原純一氏を訪ねました。

近年、NHKの果敢なネット展開に注目が集まることが増えてきました。TwitterなどのSNSからのコメントを取り入れたり、これまでの番組から切り出した動画をFacebookへ展開したりと、様々な動きが見えます。今回取り上げる『みんなで筋肉体操』も、SNSやウェブメディアがこぞってその内容を取り上げ、大きな話題を呼びました。SNS時代におけるテレビ番組の有り様を、彼らはどのように捉えたのでしょうか。

★前編はこちら

出演者のタッチポイントが分かれた良さ

メ環研・吉川 ホームページで詳細な情報を掲載する棲み分けをしていたとのことですが、他の番組でも同様の動きはあるのでしょうか?

勝目 いえ、NHKには番組ホームページがきっかけで番組を見るという意識があまりないので、そこにお金をかけないところがあります。基本的には宣伝用の動画を載せておくようなところですね。ただ、僕らはホームページにたどり着いた人が思わず他の人に伝えたくなるようなものを散りばめようと考えていたので、出演者プロフィールにも「筋トレの魅力」「あこがれの筋肉の持ち主」「好きなプロテインの味」といった要素を設けているんです。

斎藤 ここに書いてあることはInstagramやTwitterにいろんな人が書いていることでもあるんですよね。

梅原 それもバズのきっかけが生まれるなら外れてもいいから作ろうと考えていました。実際に「筋肉ボイス」という10秒ぐらいの音声メッセージが流れるようにしたのですが、これはバズらなかったですね……(笑)。村雨さんなんて、いきなりスウェーデン語でしゃべり始めて面白いんですけどね……でも、とにかく失敗してもいいからフックを作ろうと。

勝目 一番当たったのはプロテインの味かな。あとはTwitterに載せた広報動画です。たしかに初動のエンジンになりましたね。

 

梅原 それで言うと、出演者それぞれが向いているタッチポイントが全く別なんですよね。武田さんは芸能界、村雨さんは本業の庭師、小林さんはコスプレイヤーでアニメやコミケに関心のある人……と、結果的にそれぞれの分野で被らずに最大多数の視聴者に届けられたのは大きかったです。

日本語の誤り…と直したセリフを元に戻した

勝目 Twitterの動画に関しては、これまでのNHKの動きと全く違うのは「宣伝してない」ことです。番組の説明は一切せず、動画だけで15秒の面白いコンテンツになっていることを意識しました。

斎藤 これまでにも、番組のことをお話する機会では「狙ったわけではないのですが……」と話していましたが、よく考えるとみんな狙ってはいるんですよね(笑)。

勝目 もっと正しく言うと「こうだったらいいな」が思った以上に当たったということですね(笑)。

メ環研・吉川 そうですね!それでいくと、紅白歌合戦にもワンコーナーで出演が決まって。

勝目 実は、紅白歌合戦は制作の管轄が違うため、『みんなで筋肉体操』のコンセプトが大きくずれるようなことはないように「放送中は筋肉を見せるパフォーマンスのみ」とリクエストしました。それは、エビデンスとして筋トレを非常に大切にしていますし、筋生理学の谷本先生の管轄からはずれてしまうためです。

メ環研・吉川 なるほど、筋トレするにしてもパフォーマンスとしてやってほしいと。どれだけ尾ひれが付いても、番組コンセプトを守りきったんですね。

勝目 それは谷本さんのキャラクターが大きいですね。番組の核ですから。エビデンスがないことは許さないんです! 僕たちもそれ大事にしてきましたし、影響されているところはあります。

メ環研・吉川 ブランディングにおいても、たとえば外資系メーカーは「何をしてはいけない、何をするべきだ」と決めるブランドマネジャーがいて、それぞれにブランドガイドがあると言います。「守る」というのが強いブランドを作るのに必要なことなんですね。まさに谷本先生が番組のブランド価値の門番の役割を担っていた。その「本気感」が筋トレのストイックなところとも妙に合いますね。

梅原 おそらく、それはあります。筋トレ中の谷本先生のセリフも、どこか自己啓発に近しいところがあります。こちらで台本を用意したわけではなく、すべて谷本先生から出た素の言葉なんです。彼らとして何のウケも狙っていない。常に自分へ言い聞かせている言葉を文字にしただけなんです。それが筋肉のパワーなんです。

斎藤 ちなみに僕が好きなのは「あと5秒しかできません」ですね。

勝目 最初、僕はセリフを直しちゃったんですよ。「いやいや、あと5秒“だけ”頑張りましょう、ですよね?」と。そうしたら、「違う!あと5秒“しか”できないことがポジティブでいいんだ」と谷本先生に押し返されて(笑)。でも、それこそが「筋肉を愛する人たち」なんですよね。

スクリーンショットの見栄えも重視した

メ環研・吉川 TwitterやFacebookをはじめとしたSNS、あるいはネットを起点にした集客というのは、ここ数年の大きな変化かと思いますが、どれくらい前から意識したと考えていますか。

斎藤 番組の企画が通ったあとで、少なくとも若い人に向けて……要はNHKのメインターゲットではなくなっている若者を少しでも引きつけるのが命題だったわけです。やっぱりネットは入り口だと考えていたので、僕は正直に言うと、そこからです。

勝目 企画書の段階で「テレビ以外の展開を」と書いてはいたけれど、具体策は僕も経験がなかったので、まずはウェブで話題になった番組を作ったことのある人や、デジタルの部署を取材したんです。そこで知見が貯まっていきました。

ある番組では、スクリーンショットがネットで拡散されるようにテロップに工夫をしていると。それは大事だと考えて、「筋肉は裏切らない」いうテロップを入れています。普通なら必要のないテロップですから省くところです。

梅原 僕は29歳なのですが、周りの友人たちやきょうだいを見ても、番組を知るきっかけはSNSでの拡散が多いです。だからこそ、それを想像しながら制作にあたっていました。

勝目 僕自身の考えとしては、テレビとYouTubeに差はなくて「届けばいい」と思っています。もちろん、NHKとしてはそうは言えないと思います。今後、地上波とネットの同時送信が始まれば、見る側からすれば地上波のコンテンツも「アプリの一つ」という感覚になるはずです。テレビは「拡散する」財産としては未だに大きい。ただ、それを第一に考えなくてもよいはず。

斎藤 テレビを中心に考えざるをえないけれど、今後はメインやサブの関係性では語れなくなるはずですから。

梅原 テレビ放送でみんなが「わぁ!」っと盛り上がる感じもわかるけれど、『みんなで筋肉体操』のことで言えば、スマホを見ながら黙々と筋トレする図は見えていました。今回はみんなでそれを目指したとは思っています。

第2弾のファーストカットに込められた意味

メ環研・吉川 制作しているときはテレビで観られることは意識していたのでしょうか?

斎藤 僕はこれまでスマホで見られるスーパーの作り方はしてこなかったんですけど、今回は意識しました。ネット動画を意識すると文字が大きくなる。僕からすれば「ダサい」と思っちゃうんだけど、やっぱりそういうふうにやらないと画面として「見えない」。ただ、最終的にはテレビで観られるバランスを意識してはいます。

テレビとスマホ、両方で観られるバランスを意識して決めたというテロップの文字サイズ

勝目 「番組を両方で楽しめるように」は常に頭にありました。どっちに寄ってもだめだと。細かく「この部分」が……とは言いにくいのですが。

梅原 僕としては、テレビはイベントで、生で見るライブ的のようなイメージが強かったです。実は、『みんなで筋肉体操』第2弾のファーストカットは、通常なら谷本さんのワンショットなんですけど、初回だけ4人がずらっと並んで、礼をするところから入る演出なんです。あれには意味があって、われわれ的には「第1弾を楽しんでくれた皆さんに感謝を伝えて、今回もよろしく」という意味を込めたんです。あれはテレビを見てくれる皆さんへのワンカットでしたね。

勝目 それを番組中で説明しなかったのは、初めて見た人にその意味が伝わらないと思ったからです。でも、以前から観てくれていた人には意味がわかる。そこへ届けたいと考えていたカットです。

斎藤 もちろん結果的に、ではあります。正直に言って、そこまでは計算していません(笑)。今日の話で出た「撒き餌」や「仕掛け」は、ほかにもみなさんが気づくところがあれば、ぜひもっと読み解いてもらいたいです。

■対談後記

これからのテレビ番組のつくり方

「こんなに楽しい収録はなかった」のに「手探りでみんな不安しかなかった」というコメントに表れているように、決して「狙った」わけではなく、「撒き餌はたくさんまいた」ことが、結果的に功を奏したのが「みんなで筋肉体操」だったと感じました。

図らずもそれが「ネットで見ることも前提になる」時代の、これからのテレビ番組のつくり方になっていることが、今回お話を伺っての発見でした。

もちろん最初から「ネット勝負」とは思いながらも、単に面白い動画をSNSで流すのではなく、ネットで見られた時に違和感のないようにすると同時に、テレビとしても成立しているという、新しいバランスを一般の人の反応を見ながら見つけたこと。情報過多が前提の時代に、番組での情報量と、ネットでの情報量の塩梅を考えたこと。

これらすべてが今の時代の、そしてこれからあらゆるスクリーンでコンテンツが見られていく時代の、番組というコンテンツのつくり方のヒントになっているのではないでしょうか。

対談の最後で「パリでもインドでもどこでも撮れる番組だと思うんです」とおっしゃっていたように、汎用的なフォーマットにまで昇華できる可能性を見出したことの背景として、谷本先生という番組の品質の門番のような存在がいることも、非常に示唆的でした。

面白ければ、刺激が強ければ、だけでなく、そのうえ役に立つ、実際に効くことの価値までも保証している質の高さもこれからのコンテンツに求められる要件のような気がします。

凱旋門の前、タージマハールの前などなど、世界を舞台に、筋肉体操する番組を見られたらと思います。

■プロフィール

斎藤 大輔
NHK 制作局 第1制作センター 生活・食料番組部
チーフプロデューサー
2003年NHK入局。これまで「生活ほっとモーニング」「NHKスペシャル」「マサカメTV」など主に情報番組を制作。現在は「あさイチ」を担当。筋トレは初心者で、この番組をきっかけに始めています…。

 

勝目 卓
NHK 制作局 第1制作センター 生活・食料番組部
2004年NHK入局。これまで「クローズアップ現代」「NHKスペシャル」など主に情報番組やドキュメンタリー番組を制作。現在の担当番組は「あさイチ」「発達障害プロジェクト」。

 

梅原 純一
NHK 制作局 第1制作センター 生活・食料番組部
2013年NHK入局。初任地は奈良放送局で、主に『日曜美術館』『ゆく年くる年』等の文化系番組を制作。2年前に東京へ異動し、現在は『あさイチ』を担当している。
なお趣味は総合格闘技(MMA)で「番組を作りながら最先端のメニューで身体を鍛えられる『みんなで筋肉体操』は夢の仕事。」とは本人談。

 

吉川 昌孝
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 所長
1989年博報堂入社。マーケティングプラナー、博報堂フォーサイトコンサルタントを経て、2004年博報堂生活総合研究所に着任。未来予測プロジェクトのリーダーとして「態度表明社会」(09)「総子化」(12)「デュアル・マス」(14) など、生活者とマーケティングの未来像を発表。15年メディア環境研究所所長代理、16年より現職。著書に「亜州未来図 2010」(03)「『ものさし』のつくり方」(12)などがある。京都精華大学デザイン学部非常勤講師(08年~13年)、立命館西園寺塾第5期生(18年4月~19年2月)。現在 NHKの「三宅民夫のマイあさ!」の「マイBiz!」月曜にレギュラーゲストとして出演中(https://www4.nhk.or.jp/my-asa/

 

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