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日本人最年少(19歳)でセブンサミッター(世界7大陸最高峰制覇者)となった南谷真鈴さん。飽くなき挑戦を支えるスピリットとは?
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博報堂DYグループは、広告会社として、スポーツ領域における事業展開、アスリートキャスティング事業などを推進しています。今回は、博報堂DYグループの株式会社博報堂DYスポーツマーケティングが活動サポートを行っている南谷真鈴さんに、今年7月に日本人最年少で世界7大陸最高峰制覇を果たしたその裏側、大切にしている想いなどについてうかがいました。

■山に魅了された香港での少女時代

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この7月、アメリカのデナリ(6194m。北米大陸最高峰)に登頂し、7大陸最高峰制覇を果たせました。その2カ月前に挑戦したのが世界最高峰のエベレスト(8848m。アジア大陸・世界最高峰)です。エベレスト登頂は、私が登山を始めたころからの大きな目標でもあったので、達成できたときの感慨はひとしおでした。

初めて登山をしたのは2011年。父の転勤で香港に住んでいたとき、中学の学校行事で香港の山に登ったのが最初です。香港では都会の高層ビルの中に学校があって自然とは程遠い学生生活でしたが、山に登るとそのビル群が眼下に広がって、何とも言えない解放感や爽快感があったんですね。すぐに友人たちとほかの山にも行き始めて、2年くらいで香港のすべての山を登ってしまった。やがて少しずつ山のレベルを上げていき、皆でお金を貯めてネパールやチベットに遠出するようになりました。どんどん高い山にのめりこんでいって、その頃には友人に「いつか絶対エベレストに登るから」と宣言していました。

同じ頃に出会ったのが、世界最年少のエベレスト登頂記録を持つインド人少女ニムドマ・シェルパについての記事です。貧困層出身の彼女が13歳でエベレスト登頂を果たし、熱意があればどんな困難なことでも実現できるということを堂々と証明していて、本当に心を打たれました。「私にもできるかもしれない」。そう思って、日本に帰国していた17歳のとき、本格的にエベレストへの挑戦を決めました。

■高校に通いながら自らスポンサー集めに奔走

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エベレストに挑戦するにあたっては、旅費や滞在費だけでなく、高所ガイド料や数百万円にも上る入山料など相当額の資金が必要です。父親からは「応援はするけど一切の資金援助はしない」と言われていたので、高校に通いながら、空いた時間に何社もの企業に電話やメールをしたり、実際に訪問するなどしてスポンサー交渉を行いました。香港での学生時代に、地元企業に対して学校行事のための資金集めやPR活動を経験していたので、特に物怖じすることなく掛け合うことができたのかなと思います。

資金集めの一方で、8000m超という高度に体が順応できるかどうか試していく必要もあります。アルゼンチンのアコンカグア(6960m。南米大陸最高峰)を皮切りに、タンザニアのキリマンジャロ(5895m。アフリカ大陸最高峰)やヴィンソン・マシフ(4892m。南極大陸最高峰)など次々と各大陸の最高峰級の山に挑戦、登頂していくうち、気づけば「7大陸最高峰制覇」という目標も生まれていました。

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■苦しくて、辛い環境。でも決して苦ではない。

大陸最高峰級の山に登るには、往復合わせて数週間から数カ月かかります。周囲はほぼ男性しかいませんし、体調的に辛いこともあります。風速200キロの嵐の中、天候の回復を待ちながら何日も一人テントの中で寝起きすることも。お風呂にも入れないし好きなものも食べられない。孤独感や不安感にさいなまれてわんわん泣いてしまうこともあります。でも好きなことをやっているので、決して「苦」とは思っていません。

エベレスト登頂のときは、運よく天候も回復し、山頂近くでちょうど日の出を満喫することができました。夜の暗闇のなかから、太陽の光を受けて、空の一部が紫から赤、オレンジへと色を変えていき、一方の空にはまだ星がまたたいている。雄大なヒマラヤ山脈がしだいに姿を現していく様子は、本当に息をのむほど美しく、素晴らしかった。過酷な山で、実際数日前に上った知人が全部の指、鼻に凍傷を受けてしまいましたが、幸い私はケガすることもなく、無事に下山することができました。

伝えたい「心のコンパスに従う」という生き方

登山からは数えきれないことを教わってきました。仲間と協力して目標を達成することもそうですし、事故が起きないよう慎重に行程を進めること、有名企業の偉い方や一人旅を続けるサラリーマンなど、世界から集まるさまざまな人と出会い話を聞くのも面白い。でも一番大きいのは、自分が決めたことに向かってとにかく粘り強く向かっていく力がついたこと。資金集めの際に「こんな若い女性には無理」と頭から否定されることも多々あったし、悪天候や体調不良、孤独感などから、投げ出したくなる瞬間は数え切れないほどありました。でも、壁を壁とも思わずに、結局「やるしかない」という固い意志を貫き通してきたから、こんなに大きなことが達成できたんだと思います。

ある日本人の友人が、才能がありながらも、周囲の意向や環境のために夢をあきらめてしまったことがあり、本当に残念に思いました。心のコンパスに従って、やりたいことを貫くことで、自分でも思ってもみなかったようなことにつながったり、何かすばらしいことが可能になったりすると思うんです。登山に限らずこれからチャレンジしたいプロジェクトはいくつかありますが、私の挑戦する姿を見て、子どもたちをはじめ、少しでも多くの人に何かインスピレーションを与えることができたらいいなと思っています。

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大きな挑戦のときには、必ずメノウのネックレスを身に着ける。「チベットのクライマーからプレゼントされたんですが、現地ではメノウは宇宙からやってきた石で、宇宙の力がこもっていると信じられているそうです」。それを身に着けて登った山には必ず登頂でき、ケガもなく無事帰還することができるのだとか。

憧れる人は?との質問に、「クレオパトラかな?」と南谷さん。「20歳そこそこからあのシーザーをすでに掌の平で転がして(笑)。自分が大切にしているものを守りながら、知性、美、政治力を最大限に使って生ききって、数千年語り継がれている。すごいし、素敵だと思います」

現在(2016年10月)大学2年生の南谷さん。将来は、人々が互いに共感しあえる、平和な世界づくりに貢献できるよう、ジャーナリズムに関連する仕事に興味があるという。

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◆プロフィール
南谷真鈴(みなみや まりん)
1996年生まれ。1歳半のときに父親の転勤でマレーシアへ。その後上海や香港で生活。2011年より登山を始める。South Island School Hong Kong、東京学芸大学附属国際中等教育学校を経て、現在早稲田大学政治経済学部国際政治経済学科2年生。2015年1月にアコンカグア登頂。以来次々と各大陸最高峰に登頂。2016年7月4日、デナリ(マッキンリー)に登頂し日本人最年少となるセブンサミッツを達成する。

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