コラム
デジタルはフィジカルの代替品ではない。テクノロジーにより拡張する生活者のリアリティ
@メ環研プレミアムフォーラム2023夏
COLUMNS

2022年のメ環研フォーラムにて、「2040年の生活者はフィジカルとデジタルを縦横無尽に行き来している」と予測しました。しかし、2040年を待たずして、すでに面白い変化が起きています。それは生活者がデジタルの空間、存在、行動に対して、今まで以上に強いリアリティを感じはじめているとことです。今回「リアリティ融合」と名付けた現象は、若年層を先行者としながら、全年代へと広がっていくと考えられます。

2023年7月4日に行われたメ環研プレミアムフォーラム「膨張するメディアリアリティ」のレポート第2弾では、これからの未来を探るために、すでに「リアリティ融合」を実践している人へ行った調査結果を紹介します。

メディア環境研究所の森永真弓上席研究員、博報堂ブランド・イノベーションデザインの 瀧﨑絵里香 イノベーションプラニングディレクター 、自身もリアリティ融合の実践者でもある2名によるプレゼンテーションです。

想像以上に進んでいる「リアリティ融合」

本プレゼンテーションでは、フィジカルのリアリティ感覚にデジタルを融合させている生活者を「リアリティ融合者」と名づけました。彼らは、リアリティ融合していない人たちの目線では「本当の自分は現実にあり、デジタル上でキャラクターを演じて楽しんでいる人」ととらえられがちです。しかし調査データを紐解いてみると、当事者の意識と、非当事者の想像とではかなり乖離があることが分かりました。

そこで、メディア環境研究所ではリアリティ融合者本人にインタビューを実施することで、本当の実態や心理を探り、共通する価値観や感覚や欲求を抽出することにしました。なお今回、インタビューをした6名は、いずれもイノベータータイプではなく後発参加者であり、より一般に近い方たちになります。

1人目:メタバース(VRChat)ユーザー Nさん(21歳男性)

・始めたきっかけは、メタバース上で語学学習ができそうと感じたから。スペイン語話者がいる場で雑談をするなどしている。
・メタバース上の友人とは親睦が深まるとリアルで会うこともある。メタバースで出会い、リアルでも会った女性と恋人になったり、友だちになった外国人が日本に来た時に案内したりした。
・リアルでメタバース上の友人と会ったとき「今日はリアル寄りのアバターなんだな」という感覚になった。
・リアルの日常の不足をメタバースが補っているという認識で。ある意味で、メタバースは「リアルよりもリアル」。

2人目:VTuberファン Aさん(65歳男性)

・きっかけは、YouTubeでおすすめ動画として出てきたVTuber動画の視聴。
・デジタルには拒絶反応がある世代であり、当初はVTuberの良さを理解していなかったが、実際に見てみると良さがわかった。

3人目:VTuberファン Kさん(39歳男性)

・コロナ禍で時間ができ、趣味の音楽鑑賞の延長で検索していたときにたまたま出会った。
・視聴をしているとリラックスできる。
・VTuberがアバターを介することで素の意見を語ってくれることで、自分も素の自分の考えに気づくことがある。

4人目:VTuber配信者 Kさん(20代女性)

・視聴者とは家族との絆に似たものを感じるぐらいの関係が構築できている。
・VTuberの自分は、自分がもともとやりたかったことを別の姿で実現してくれている姿。
・バーチャル空間での活動は現実逃避ではなく、可能性や楽しみが広がっただけだととらえている。知らないのはもったいないと思う。

5人目:VTuber配信者 Lさん(20代男性)

・VTuber配信では、視聴者がいるので言動に気をつけるようになった。その結果、リアルで「大人になった」と言われるようになった。バーチャルの活動に影響を受けて、リアルが連動してきたという感覚。
・VTuberとしての自分は、殻の中にいた本当の自分が現れた感じ。

6人目:VTuberファン Mさん(41歳男性)

・社内にVTuberを知っている人が釣れるのではないかと期待し、会社のパソコンの下にアクリルスタンドを飾っている。バーチャルでの自分の楽しみの仲間がリアルで増えるといいなと思う。
・コメントや切り抜き動画などVTuberを上手に盛り上げるファンの言動も含めて楽しんでいる。

インタビューから見えたリアリティ融合者の5つの実態

インタビューを分析した結果、リアリティ融合者には以下の実態が見えてきました。

実態1:外見より魂
リアリティ融合者は、フィジカルのプロフィールにも、そしてアバターの外見にもとらわれていません。相手に対し、その人の魂(本質)を捉えて向き合おうという価値観をもっています。

魂と向き合う姿勢だからこそ、リアルで会った友人に対して「今日は別のアバターだ」と感じたり、オンラインでできた20代の友人に対して実年齢65歳の方が世代的な違和感を覚えなかったりもするようです。

実態2:きっかけは日常的に
リアリティ融合のきっかけは、本人が元々備えた嗜好性だけではなく、語学学習や検索など日常の中にあるという実態が見えてきました。

インタビューをした方々は、もともとメタバース、VR、VTuberのようなキャラクターに興味があった人たちではありません。日常のちょっとしたきっかけでデジタル上の交流に入り、次第にリアリティ融合していった様子がうかがえます。

実態3:逃避ではなく現実
アバターを使うことは可能性を広げること。アバターはVTuber自身にとって本当の自分を出せる姿であり、視聴者もアバターを通してVTuber本人の素の部分を感じていました。

リアリティ融合者にとってのアバターは、自分を隠すかぶりものではなく、本当の自分が出せたり、素の自分に出会えたりするもの。アバターは人生がより豊かになるためのアイテムであることが見て取れます。

実態4:フィジカルとデジタルは地続き
インタビューではデジタル上の趣味をフィジカルな人間関係の中でも共有したいという欲求や、デジタルでの振る舞いや経験がリアルの自身に好影響を与えている様子が見えました。

フィジカルとデジタルは分かれたものではなく、密接につながっています。溶けているという感覚が見て取れたのではないかと思います。

実態5:欲しいのは代替ではない
デジタルは、リアルやフィジカルの代替ではありません。メタバース常駐者のNさんからは「(デジタルに)実在の街の再現は求めていない。現実ではできないことをして遊びたい」という意見が出ました。

フィジカルコンテンツでは少ない、参加者からの「介在性」に楽しさを感じている様子が見えます。デジタルならではの体験や面白さが求められているようです。

共通キーワードは「魂」「自分らしい」「充実」

リアリティ融合者インタビューにおいて共通して頻出したキーワードとして、「魂」「自分らしい」「充実」の3つがありました。従来、デジタルを楽しんでいる人に対し持たれていたイメージ「デジタル上でキャラを作って演じている」「現実逃避」とは正反対のワードはないでしょうか。

リアルの「自分」は、学校や職場での自分、家族への自分、友達への自分と、相手によって少しずつ自分を変えて外の世界と付き合っているのではないでしょうか? しかし中心にある自分は同じ自分、同じ魂のはずです。

リアリティ融合者の感覚もそれと同じです。全て同じ自分、魂を中心に、家族や友人や職場での自分だけでなく、メタバースでの自分、動画配信での自分、SNSでの自分というように魂を膨張させ、人生を充実させているのです。

そして、生活者は互いに刺激し合っています。それぞれが持っているリアリティを刺激し合ってつながっていくことで、個々のリアリティ感覚は融合され、膨張していっているのです。

リアリティ融合者と非融合者の境界線は?

今後、生活者は楽しさや充実を求めてリアリティ融合し、リアリティ融合者は増えていくと考えられます。それでは、リアリティ融合を果たす人と、そうでない人の境界線はどこにあるのでしょうか?

リアリティ融合しやすい素質を探るべく、リアリティ融合者と非融合者が入り混じる30~40代に着目した調査結果を紹介します。

まず30~40代における新しいデジタル行動38項目の受容度の平均を、リアリティ融合度として分析。その結果、「フィクションが好きかどうか」「推しの対象を持っているかどうか」「ChatGPTや生成系AI利用経験があるか」の3要素に受容度が高いと、リアリティ融合も高まる傾向にあるとがわかりました。

これらの要素から導き出されるのは、リアリティ融合の素質は、最新のテクノロジーそのものに興味があるタイプかどうかにはとどまらないということです。「推し活」や「フィクション作品を楽しむ」などの行動を通して、次第にリアリティ融合していくことが見て取れます。また「仕事で必要だから」「便利だから」といった、利便性をきっかけにしたAIサービス利用が、未知のテクノロジーやデジタル世界への警戒ハードルを下げ、リアリティ融合していく様子も見えます。

リアリティ融合者と向き合う3つのポイント

では企業は、今後増えていくであろうリアリティ融合者とどう向き合っていけばいいのでしょうか。「基盤精神」「集客のヒント」そして「定着のヒント」の3点から考えていきます。

ポイント1:基盤精神

リアリティ融合者にとって、フィジカルとデジタルは同等で、すべてが「リアル」です。彼らは人生を充実させるために、積極的にデジタルを活用し、時にフィジカルの自分とも融合させながら、豊かで幸せな人生を作ろうとしている人たちです。

従来の「デジタルが得意な人」に対するステレオタイプの捉え方は捨てる必要があります。

ポイント2:集客のヒント

調査データから「フィクション好き」「推し活ユーザー」「AIサービス利用者」には、非融合者が動くヒントが見て取れました。さらに6名のインタビュー調査から、非融合者が動くきっかけとして「楽しそうな周囲の人たちの存在」が強く影響を与えることが見えています。

新規集客のためには、まず既存ユーザーが楽しんでいる様子を見える化し共有、そして追体験できる場を作る。これによって、客が客を呼ぶという効果が生まれると考えられます。

ポイント3:定着のヒント

リアリティ融合者は介在性、関与性を求めています。彼らを企業側にとって便利な、受動的な客扱いしない必要があります。

そして、彼らはデジタルにフィジカルの代替を期待していません。代替は劣化版としか感じられないのです。例えばですが「メタバース空間の野球場で野球をやりましょう」ではなく、「メタバース空間の野球場で重機とドローンを使ってサッカーをやりましょう」くらい突飛なものでも大丈夫。

リアリティ融合者のデジタルとフィジカルの境界線は溶けています。そしてフィジカルが苦手な人達でもありません。フィジカルではフィジカルの楽しさを知っている人たちだからこそ、デジタルならではの楽しさを企画し提供していくことが求められていくでしょう。

生活者は、リアリティ融合をどんどん進めています。今後、企業がビジネスチャンスをつかむためには、「すでにあるその生活者たちの営みの中にどう入っていくか、その変化の中に企業としてどう参加していくのか」という考え方をする必要があります。

(編集協力=沢井メグ+鬼頭佳代/ノオト)

森永真弓
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 上席研究員
通信会社を経て博報堂に入社し現在に至る。コンテンツやコミュニケーションの名脇役としてのデジタル活用を構想構築する裏方請負人。テクノロジー、ネットヘビーユーザー、オタク文化研究などをテーマにしたメディア出演や執筆活動も行っている。自称「なけなしの精神力でコミュ障を打開する引きこもらない方のオタク」。WOMマーケティング協議会理事。著作に『欲望で捉えるデジタルマーケティング史』『グルメサイトで★★★(ホシ3つ)の店は、本当に美味しいのか(共著)』がある。

瀧﨑絵里香
博報堂ブランド・イノベーションデザイン イノベーションプラニングディレクター
2015年(株)博報堂入社。入社後、博報堂買物研究所にて、化粧品や自動車などのショッパージャーニー分析を起点とした統合プラニング業務に携わりながら、未来の買物行動についても研究。2019年より博報堂ブランド・イノベーションデザインに所属し、企業のブランディングや商品開発、ソリューション/ナレッジ開発中心に携わり、若者研究所にも参画。現在、自らの趣味やメタバース生活経験を生かし、”推し”や”SNS”、”メタバース”などのテーマを中心に研究中。

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