コラム
「幸福な地方移住」を実現させるために
──データとクリエイティブの力が生み出す地方の新しい価値
COLUMNS

コロナ禍以降、都市部から地方への移住を考える人が増えていると言われます。地方の立場から見れば、人々を呼び込んで地域を活性化させる大きなチャンスでもあります。しかし、単に自治体のアピールをしたり、移住のメリットを多くの人に伝えたりするだけでは、「幸福な地方移住」は実現しません。適切なターゲットに適切なメッセージを届け、移住に至る段階的な施策を行い、最適なマッチングを図ることが何よりも大切です。データとクリエイティブの力によってその取り組みを進めているのが岡山県です。戦後初の民間出身の岡山県知事である伊原木隆太氏と、その隣県である広島県出身の博報堂常務執行役員・安藤元博が、「幸福な地方移住」について語り合いました。

伊原木隆太氏
岡山県知事

安藤元博
博報堂/博報堂DYメディアパートナーズ/博報堂DYホールディングス 常務執行役員

「移り住んでよかった」と思ってもらうために

安藤
岡山県は、県外からの移住を促進するさまざまな施策に取り組まれています。移住促進にかける知事の思いをお聞かせいただけますか。

伊原木
私は以前から東京への人口の一極集中が進みすぎていると感じていました。首都の都心にビルが立ち並んでいるのは当然のことですが、どこまで行っても建物が立ち並んでいる都市は、必ずしも暮らしやすいとは言えないのでないか。そんなふうに思っていたわけです。例えばニューヨークのような都市は、中心のマンハッタンには高層ビルが林立していますが、都心を少し離れると美しい緑地が広がっていて、そこで羽を伸ばすことができますよね。

東京に人口が集中している一方で、地方は急速な人口減に直面しています。人口のバランスがもう少しよくなると、日本はとても暮らしやすい国になるし、人々も幸せになる。そんな考え方が、岡山県への移住を呼びかける取り組みの根底にあります。

安藤
そこで、ワーケーションや二地域居住という形で、まずは岡山県を体験してほしいというメッセージを発信されているわけですね。

伊原木
ええ。首都圏から多くの方に岡山県に移住していただければもちろん嬉しいのですが、大切なのは「岡山に移り住んでよかった」と思っていただくことです。無理やりたくさんの人を呼び込んで、結果として「来なければよかった」ということになっては元も子もありません。

安藤
移住者の数を稼ぐことを目的にするのではなく、本当に岡山にフィットする方々に来ていただきたいということですよね。

伊原木
そのとおりです。ですから、まずは旅行で岡山を訪れていただき、1週間くらい岡山の自然や食べ物や文化を味わっていただく。その後、例えば3カ月くらい滞在していただく。その上で、岡山を気に入っていただき、「ぜひ岡山で暮らしたい」となっても、いきなり家を建てるようなことはせずに、賃貸住宅で暮らしてみて、一年間四季を体験した上で定住していただく──。そんな段階を踏んでいくことが大切だと思っています。

データやリサーチが明らかにする「幸福な移住」への道

安藤
移住は非常に大きな決断ですから、時間をかけながら、いろいろな体験を積み重ねて、じっくりと決めてほしいというのは、まさに知事がおっしゃるとおりだと思います。私たちは昨年度から、岡山県の移住促進のサポートをさせていただいているわけですが、博報堂DYグループは広告を本業としてきた会社ですから、大々的なPRをして、とにかくたくさんの人に岡山県に興味をもってもらうというマスマーケティグの手法は、決して苦手ではありません。

しかし重要なのは、地方移住の意向を持つ人、地方で暮らすことに関心がある人たちにできるだけピンポイントでメッセージを届けて、本当に岡山とフィットする方々に移住していただくことです。そこで力を発揮するのが、デジタルマーケティングの手法であると私たちは考えています。適切なターゲットに対して、適切な情報を届けることによって、ミスマッチを防ぐことができる。それがデジタルマーケティングの力です。

伊原木
実際、昨年度の取り組みでは、デジタルマーケティングの手法によってピンポイントで的確な情報発信ができました。コロナ禍で人々のマインドもかなり変わりましたが、その変化をいち早く捉えることもできましたね。

安藤
実際に戦略立案をするにあたって、データ分析を行うと、“今”の岡山県の移住関心層には20-30代の自然体で生活したいファミリー層が多いことが分かり、新しい流入を増やせました。さらに、今年度に入ってからは、先ほど知事がおっしゃったように、まずは一週間岡山を体験してもらう「7DAYS LIVING! OKAYAMA」の取り組みが始まりました。これには500名を超える応募がありましたが、その人たちをリサーチしてみると、8割は女性で、子供のいる層では滞在期間中の保育環境が課題となっている―ことなどがわかりました。これは私たちとしても意外な結果でした。

伊原木
地方移住というと、リタイアした男性が乗り気ではない妻を説き伏せて実現するというイメージもありますからね(笑)。

安藤
そうなんですよ。しかし実はそうではないことが、データやリサーチから明らかになったわけです。若いファミリー層が多いということは、例えば子供の保育環境などがたいへん重要になるということです。保育園や託児サービスを充実させれば、移住者が増えて、幸福な移住が実現する確率も高まる可能性がある。そういったことがデータやリサーチによってわかるということです。

県の魅力を的確に表現するクリエイティブの力

伊原木
幸福な移住には人間関係の要素も大きいと私は考えています。生活環境や食べ物を気に入っていただくだけではなく、地域のコミュニティにうまく溶け込んで、良好な人間関係を築くことができれば、きっと「岡山に来てよかった」と思っていただけるはずです。そのためには、先輩移住者の存在がたいへん重要です。先に移住している人たちからのアドバイスを聞くことができて、移住後もいろいろなサポートをしてもらえれば、移住成功の確率が格段に上がると思います。今年度からFacebookに先輩移住者と移住検討者が交流を持てるコミュニティもオープンしました。

安藤
そのような関係づくりも、まさにデジタルが得意とするところです。実際のコミュニティに所属する前に、例えば、移住者のバーチャルなコミュニティでいろいろな意見交換をすることもできるでしょうし、移住した後もそのコミュニティで継続的に悩みや困りごとを共有することも可能です。おっしゃるように、それもまた幸せな移住を成功させる方法の一つだと思います。

伊原木
なるほど。岡山県には西粟倉村のように起業家の皆さんが多数移住してきて、住民の1割以上を移住者が占めているようなところもあります。そのような場所をデジタルの力でさらに増やしていければいいと思いますね。

安藤
ええ。それからもう一つ、クリエイティブの力もとても大切だと思います。それぞれの県にはそれぞれ独自の魅力があります。その魅力を上手に表現して、人々の心に訴えていくのがクリエイティブの力です。

岡山県の移住促進施策の主なターゲットは首都圏の生活者です。岡山の魅力を首都圏の人々の価値観やニーズとうまくつなげていかなければなりません。そこに私たちのDNAであるクリエイティブの力を役立てていただけると考えています。

伊原木
私は岡山生まれで、高校卒業まで岡山で暮らしていたので、他県と比べて岡山にどのような際立った魅力があるかを的確に表現することがなかなかできません。必要なのは、外からの視点でほかの県と比較をした上で、岡山の魅力を的確に表現してもらうことです。私たちだけで岡山の魅力を語ろうとすると、ライオンの前に魚を並べて「どうぞ召し上がれ」と言うようなことになりかねません(笑)。ぜひこれからも、外部のプロフェッショナルのお力をお借りしていきたいですね。

「地域創生DMP」によって地域に新しい価値を生み出す

安藤
私たちはこれまで、生活者の行動や考え方を捉えるための独自のデータプラットフォームである「生活者DMP」をマーケティングに活用してきました。それに地域観光などに関するデータを組み合わせて新たに構築したデータプラットフォームが「地域創生DMP」です。これはまさしく、地方自治体の皆さんの移住促進や人材誘致の取り組みにお使いいただけるプラットフォームです。

「生活者DMP」の究極的な目標は、生活者にとっての価値を創出していくことです。これまではその機能を主には民間企業にご提供してきたわけですが、公共の取り組みにももちろんお使いいただけると私たちは考えています。「生活者DMP」や「地域創生DMP」を活用して、幸福な移住の実現や地域創生という形で公共の皆さんとともに新しい価値を実現していきたい。それが私たちの願いです。ぜひ、今後も官と民のコラボレーションの流れを推し進めていくことができれば幸いです。

伊原木
私は、9年前に民間企業の経営者から県知事に転身しました。岡山県では戦後初めての民間出身の知事ということになります。その立場から申し上げて、官が民間の力をお借りしてできることはたくさんあると考えています。また、民間企業が当たり前にやっていることを県庁でも実現させたいという思いもあります。

大切なのは、民間の皆さんと適切な距離を保って意義あるコラボレーションを実現させていくことです。民間企業の力をお借りしながら、決して頼りすぎないこと。そのような適切な距離感が信頼関係を生んでいくと私は思っています。

安藤
もちろんです。緊張感のある信頼関係からしか新しい価値は生まれない。そう私も信じています。私たちは常に最良と考えるご提案をさせていただきますが、それに対して「いや、岡山県としてはこうしたい」ということがあればどんどん言っていただいて、本当の意味で価値ある取り組みを実現させていければと思います。

伊原木
ええ。実績とアイデアのあるパートナーの皆さんとこれからもぜひ一緒に仕事をしていきたいですね。

安藤
岡山県の取り組みは、地方自治体の中で最先端と言って間違いありません。今後も、他の自治体にとって参考になるような素晴らしい成果を生み出すためのご支援を続けさせていただきます。今日はありがとうございました。

(参考)
暮らしJUICY!岡山県
https://www.okayama-iju.jp/juicy/

7DAYS LIVING! OKAYAMA
https://www.okayama-iju.jp/7days/

博報堂DYメディアパートナーズ+ビジネス・デザイン・ノードは、事業パートナーとして岡山県の移住/2拠点/ワーケーション領域で官民横断のプロジェクトを推進しています

伊原木 隆太
岡山県知事
岡山の地元百貨店、㈱天満屋の創業家に生まれる。東京大学工学部卒。外資系経営コンサティング会社勤務を経て1995年、スタンフォード大学経営大学院でMBAを取得。㈱天満屋代表取締役社長を経て、2012年から岡山県知事

安藤 元博
博報堂/博報堂DYメディアパートナーズ/博報堂DYホールディングス
常務執行役員
1988年博報堂入社。以来、主にマーケティングセクションに在籍し、数多くの企業の事業/商品開発、統合コミュニケーション開発、グローバルブランディングに従事。現在、博報堂DYグループの“生活者データ・ドリブン”マーケティングの中核推進組織を率いる。ACC(グランプリ)、Asian Marketing Effectiveness(Best Integrated Marketing Campaign)他受賞多数。著書『マーケティング立国ニッポンへ―デジタル時代、再生のカギはCMO機能』『デジタルで変わる広報コミュニケーション基礎』(共著)。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了(社会情報学)

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