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推しがあるとうまくいく~オンラインベース社会の生存戦略ーメディア環境研究所ウェビナーキーノート
REPORT

コロナ禍を経て急速にオンラインベースへと移行した私たちの日常。この変化の中で、かつて一部の人々のものと考えられていた「推し」が、幅広い年代のマス層へと拡大。生活者のしたたかな生存戦略として、新たな局面を迎えています。なぜ生活者は推し行動へと向かうのか。新たな推し行動の中では何が起きているのか。生活者調査で見えた新しいメディア生活の兆しと、そこから見出されるメディアビジネスを強化する機会について議論した、メディア環境研究所ウェビナーの内容をご報告します。

メディア環境研究所ウェビナー2021冬
キーノート 「推しがあるとうまくいく~オンラインベース社会の生存戦略」

登壇者:
山本泰士(メディア環境研究所 グループマネージャー兼主席研究員)
野田絵美(メディア環境研究所 上席研究員)

■「推し」 が心開ける安心のコミュニケーションを実現する

山本
2021年夏、メディア環境研究所は、「Picky Audience」というコロナ禍で現れた新しい生活者の姿を明らかにしました。なんとなくの時間を問い直し、偏っていてもいいから自分が好きなメディア・コンテンツだけに接触していたいという生活者。そこまで好きを求める生活者の動機の部分を、今回は深掘りしたいと思います。手掛かりとなるのは、自分から意識的に好きな情報を追い求める「推し」と言われる行動。今回の調査から見えてきたのは、いわゆるオタクに限らず多くの人が、明るくいきいきと推しを通して生活を充実させ、コミュニケーションを楽しむ姿です。

野田
では早速、メディア生活と推しに関する調査結果をご報告します。「好きで推している事や人、物はありますか」の問いに「ある」と答えた方は60.8%。年代別で見ると10代、20代は4人に1人が推しを持っています。

都内に住む大学生のAさんは、授業がオンライン化したのに伴いテレビやSNSに触れる時間が増え、「Nizi Project」や「鬼滅の刃」「僕のヒーローアカデミア」にはまったそうです。友人との付き合いもオンライン化したため、Twitter上で友人と推しを発信し合っています。オンラインでは話しかけるきっかけが難しいこともあると思いますが、Aさんにとっては推しがその糸口となっている。推しの話題であれば突然話しかけても喜ばれるし、うまくやりとりができるようです。ではなぜ、さまざまあるコミュニケーションツールのなかで推しを活用しているのでしょうか。コロナ禍により「友人や知人と直接会って話すことが減った」「友人と何気なく雑談することが減った」の項目がそれぞれ51%、37.8%。逆に「世の中にイライラしていたり、怒っている人が増えた」が50.1%、「SNS上での炎上やトゲトゲしたやりとりを目にすることが増えた」は39.7%と、4割近くの人が感じています。さらに10代20代の44.5%が「安心して話せる話題が少なくなった」と感じています。

一方で推しを持っていると答えた人の回答を見てみると、「推しが同じ人とはコミュニケーションしやすい」という人が72%、またたとえ「推しが違っても、何か推しがある人とコミュニケーションしやすい」と思う人は61%いました。ひいては「推しがあると生きるのがラクになると思う」と答えた人は全体で46.6%、10代20代では55.1%に上ります。

このように、オンラインベース社会における生存戦略として推しが活用されていることがわかります。

山本
コロナ禍で、推しがある人々が非オタク層に急拡大し、推し2.0とでも言うべき新局面を迎えています。かつてのように推しを深く愛するというだけでなく、コロナ禍で不足した安心できるコミュニケーションのために推しを活用するという、新たな動機、行動が出てきているようです。具体的にはどのようなことが行われているのでしょうか。

野田
新たに推しを見つけたという生活者31人に行った「推しライフ・インタビュー」から、その実像を見てみたいと思います。冒頭に紹介したAさんは常時マルチ推しですが、“推しを発信していると友だちから推しが届く”と言っていたように、オンラインベースの友だち付き合いでは、推しの発信が価値観の表明になっているとのこと。「その人の推しは何か」を見て、周囲も会話の糸口を見つけています。ユーチューバー推しのIさんは、これまではYouTubeのコンテンツを楽しんでいたのが、コロナ禍で人とのリアルなやり取りが減った結果、ユーチューバーを推すということを始めました。それをきっかけに、オンラインでも何かを一緒に楽しめる人を増やしたいと言っています。

アイドルグループ推しのYさんは、推しがテレビに出ているとTwitterでつぶやくのですが、その目的は仲間を増やすこと。推しが同じならすぐに仲良くなれるし、無限につながれると教えてくれました。オンラインで、推しはまるでたいまつのように価値観を表明するものであり、仲間を引き寄せるものにもなっています。

では仲間同士でどのような交流が行われているのでしょうか。庭園推しのMさんはInstagramで都内の庭園を紹介していたところ、興味のある人同士の交流が始まり、いまやLINEグループに130人の仲間がいるそうです。近況報告的に穏やかに、楽しくやり取りをしていて、安心してつながっているとのことでした。推しの仲間に必要なのは安心感で、安心だからこそ心を開いてコミュニケーションすることができるのです。その安心感を実現するために、さまざまに工夫しているという声もありました。音楽アーティスト推しのYさんは、好きなアーティストのTwitterや推し仲間のTwitterは見るけれど、誹謗中傷やネガティブな言葉はすべてミュートしていて、好きなものしか流れてこないように工夫しているそうです。同じく音楽アーティスト推しのRさんは、アーティストに対する意見は、平和な会話を通して意見が伝わるよう気を付けているそう。このような工夫により、オンライン上の推し仲間の世界は平和な会話で満たされる安心できる場になっているわけです。

Vチューバー推しのNさんは、友人からすすめられて歌動画を見始め、友人からどんどんコンテンツが供給されることで見ることが習慣化しました。それにより、その友人ともより仲良くなれたそうです。マルチイケメン推しのOさんは、仲間がライブやイベントのレポートを上げてくれるので、自分が行けなくても行った気持ちになれ、それを互いに共有できるとのこと。ファンの手によるコンテンツがたくさん生産されていて、推し仲間でコンテンツを絶やさず供給し合うことで推しを楽しんでいる様子がわかります。

また、韓国アイドルグループ推しのMさんは、推しの対象が違っても、推しがあることで、会社の同僚というよりも友人として付き合えるようになった人がいるそうです。このように推しは新たな仲間との架け橋になっていて、その背後には多くの人とコミュニケーションしたいというモチベーションがあることがわかります。推しがあれば、同じテンションになり、共感して仲間になれる。一人で深く愛でるというこれまでの推しから、より充実したコミュニケーションのために推しを活用するという、新たな役割が生まれています。

人とのつながりがオンラインベースになり、安心してコミュニケーションすることが非常に難しくなってきた状況で、安心のコミュニケーションのために推しが活用されている。そこでのポイントは、1つ目は「推しが価値観の表明」であること。2つ目は「推しは仲間への贈り物」であること。そして3つ目は「推しは新たな仲間への架け橋」であることです。

■確かな人間関係を結ぶというメディアの新しいパーパス

山本
こうした新たなスタイルの推しは、メディア・コンテンツ、広告ビジネスにおいてどのような新しいチャンスをもたらすのでしょうか。ここでポイントなのは、非オタク層が推し市場に参入してきたということです。彼らは推しを愛するだけではなく、推しを通して安心してコミュニケーションし、仲間をつくることを重視します。この欲求をしっかり捉えなければなりません。つまり、「非オタの推し仲間づくり」を、ビジネスサイドが推進、支援することがチャンスになるのではないでしょうか。そのためには、まず非オタの推し仲間への入口をつくることが必要です。推しの魅力の補助線を引き、背中を押してあげるような、「推しガイド」を推進しましょう。非オタ層は推しを自ら見つけ出し、掘り下げるのではなく、人からおすすめされるなかで自らの推しを発見するタイプです。いま彼らは、どの推しをどう楽しめるかということを、自発的に教え合い、推しへの入口を自分たちでつくっています。コンテンツの持つさまざまな側面、属性を、そのカテゴリーが好きそうな人々に向けて発信し、1つのコンテンツから多様な入口をつくっていくべきでしょう。

次に重要なのは、推し仲間との関係性を深めるお手伝いをすることです。仲を深める贈り合い、「推しギフト」を推進する。街中や駅で見かけた推しの広告を写真に撮って贈ってあげるというように、推し仲間にとっては広告も仲を深めるためのギフトになり得ます。アウトドアメディアや動画をオンライン活用し、仲間同士で贈り合える、自然拡散する広告媒体活用に可能性がありそうです。それは、推しを使ってくれた広告主へのエンゲージを深めるという効果にもつながるでしょう。

そして、その関係性を維持することもまた重要です。いまやコンテンツの切れ目が縁の切れ目というくらい、友人同士で次々と新たなコンテンツが供給されるので、無限に楽しむことができています。こうした生活者独自のコンテンツ供給を、メディア・コンテンツサイドがきちんと権利を守りながら盛り上げる「推しエディット」にチャンスがありそうです。楽しみが続いていくことで、コンテンツからの離脱防止にもつながるでしょう。さらに広告主自身があるコンテンツをファンと一緒に推す仲間になるという考え方もあります。たとえば二次創作のお題を提供し、ファンとの関係を深めるといった考え方もあります。

野田
また、単独の推しの枠を超えて大きくする動きは、メディア・コンテンツホルダー、広告主が、広く生活者を捉えるうえで重要なポイントになると思います。生活者自身が推しを広げる動きとして、これまでの編成をうまく活用する動きも見えています。福岡在住のKさんは、火曜日10時のドラマに出る俳優に次々とはまり、彼らのほかの出演作品もどんどん観るようになって推しを増やしているそうです。ドラマをリアルタイムで見て、同じ気持ちの仲間を持つ楽しさに気づいたとのことです。

山本
特定の推しにとどまらず、その枠を越えて束ねることで、楽しむ仲間の数を増やすわけですね。こういった、特定の推しだけで分散するのではなく、共通のテーマを掲げてまとめ、より多くの枠を掲げる「推しインテグレーション」を推進するのも一案でしょう。

いわゆる「〇〇ロス」という現象は、ある意味「ビジネス機会ロス」と言い換えられるかもしれません。ジャンルごとに大きな枠でまとめ、継続的に推し仲間との楽しい空間を維持し続けることは、継続的にメディア・コンテンツホルダー、さらには広告主との関係を維持することにもつながるのではないでしょうか。

野田
好きな情報というのは、オンラインベース社会を生きるために必要な、人との絆を感じるための基盤になってきました。メディア・コンテンツはいまや単純にその刺激を楽しむものではありません。オンラインベース社会において個人が分散、孤立しかねないなかでも確かな人間関係を結ぶことができるという、重要な社会的使命、パーパスを持ち始めていると私たちは考えています。


山本泰士(メディア環境研究所 グループマネージャー兼主席研究員)


野田絵美(メディア環境研究所 上席研究員)

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