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「便利」を超え、リアルな買物・街のときめきを作るには【メディアイノベーションフォーラム2018】
REPORT

自宅にいながらさまざまな情報が手に入り、街を移動しなくても全ての買物を終えられる時代が到来しつつあります。移動の必然性が減っていくなかで、実際に街を歩き、店舗で物を購入する意味や楽しさについてどう考えるべきなのでしょうか。
11月6日に開催された博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所による「メディアイノベーションフォーラム2018 Beyond Convenience ~便利の先の価値をつくる~」において「買物と街をときめかせるテクノロジー」と題したセッションが行われました。スピーカーをトヨタ自動車 未来プロジェクト室の天野成章氏と、博報堂DYグループ デジタルロケーションメディア・ビジネスセンター 長谷川恭平が、モデレーターを博報堂 買物研究所/メディア環境研究所の山本泰士が務めました。

山本:本セッションのテーマは「買物と街をときめかせるテクノロジー」です。“買物”の領域で言えばキャッシュレスや無人店舗だったり、“移動”でもMobility-as-a-Service(モビリティ・アズ・ア・サービス)などさまざまなテクノロジーが登場しています。所有から利用へという流れが加速しており、キーノートで言及された「フリクションレス(※)」がどんどん実現されています。
スマートフォンにはどんどん好みの情報が出てきますし、アウトドアメディアでも個人に最適化された情報が出るようになりました。物流も大きく変化しています。
このように世の中が便利になればなる程、リアルに移動する必然性は減ってきます。今後、リアルな買物の楽しさや街のときめきはどうなっていくのか。買物や移動、街を進化させれば生活はもっと面白くなるはずです。本日は正にそういう取り組みをされている天野さんからお話をいただければと思います。
※フリクションレスについては、こちらをご参照ください

天野:ご紹介ありがとうございます。私どもトヨタは自動車メーカーからモビリティサービスカンパニーへの変革にトライしはじめたばかりで、学ぶことだらけの立場なので、檀上から恐縮しています。こうした中で、まず未来プロジェクト室の紹介からですが、2030年をターゲットに、トヨタがどんな事業やサービスに取り組んで行くべきかを考え、R&Dだけではなく、実行・実証する役割も担っています。その1例ですが、人の移動を自由に、街を豊かにすることを目指し、ちょうど11月1日から福岡で実証実験をスタートしたところです。この実証は西日本鉄道様と共同で実施しており、トヨタはスマートフォンアプリ「my route(マイルート)」を開発・提供しており、2019年の3月31日まで続ける予定です。
my routeを使うとバスや鉄道などの公共交通、タクシーや自家用車などの自動車、自転車、徒歩などさまざまな移動手段を組み合わせてルートを検索でき、必要に応じて予約・決済まで行えます。このサービスでは「最短・再安の移動経路」といった合理的・経済的な情報提供することに留まらず、ユーザーの状況に合わせて最適な移動手段を提案し、「移動の質」を高めることを目指しています。今時点で提供できている機能はやりたいことの10分の1くらいではありますが、目指しているところはそこです。

例えば人が移動すると一言で言っても、時間に余裕がある時、急いでいる時もあれば、体調が良い時や悪い時、雨が降っているかどうか、というさまざまな状況によってどの移動手段が最も楽しいか、喜びを感じるかというのは変わってきますよね。「朝に夫婦喧嘩をして憂鬱だ」という状況なら、普段バスに乗る駅までの行程を歩いたほうが気分転換になったり「今日はおじいちゃんとおばあちゃんと一緒に移動するから乗り換えは少ないほうがいい」というときもあると思います。そういった状況を受けて、最適な移動手段をリコメンドするようなものにしたいんです。

山本:こちらの状況を踏まえたうえで「こういう移動はどうですか」と提案してくれるサービスは、利用するのが楽しそうですね。

天野:冒頭で話したとおり、このプロジェクトの目的は地域や街の活性化に繋げることなので、お店やイベントなどのお出かけ情報で提携するサービスも全国展開しているものより地域の色がついているサービスにしたかったんです。それでローカルのサービス事業者さんにお願いして提携していただきました。
キーノートでは中国の事例が紹介されていましたが、あれは何をするかを利用者が選択するサービスですよね。でも今後は「選ぶこと自体が億劫になる」時代だと思うんです。その人ごとの趣味嗜好や行動履歴に応じて、その街にあった食べる場所や遊ぶ場所などが最適にリコメンドされる。そういったサービスが求められてくると思います。

山本:ありがとうございます。情報配信というところで言うと、博報堂DYグループとして取り組まれている長谷川さんはどうでしょうか。

長谷川:天野さんからプッシュで通知するというお話がありましたが、デジタルサイネージが駅の柱やお店の中など、いろいろなところで増えてきてそれを可能にする環境は整ってきています。
プッシュ通知には、マイナスのイメージもあると思うんです。映画『マイノリティ・リポート』では、主人公が街を歩いている最中に網膜で人物を特定され、「◯◯さんビールはどうですか」など街じゅうのサイネージから名前を呼ばれて広告が出るシーンがありました。これは、求めてもいないのに属性が特定されて情報を配信されるということなので、生活者にとっては快適ではない状況だと思います。ですので、こういった形にはしないほうがいい。
当社では生活者の側に立った情報配信を考えています。私が所属するデジタルロケーションメディア・ビジネスセンターで実施した「移動する生活者調査」で、生活者にはさまざまな“モード”があることが分かりました。例えば朝の通勤中と、自宅でリラックスしているときでは同じ情報に対しても反応が違います。買物中はその時に欲しい商品に関連する情報以外は興味が湧かないでしょう。我々は生活シーンによる変化を、6つのモードに分類しています。

これまでマーケティングを考えるとき、ターゲットについては「30代前半」「男性」などと、静的になりがちでした。こうした事実に対し、同じ人であってももうちょっと生活シーンや気分によって動的に変わっていくんじゃないか、という考えから生まれたのがモードの考え方です。
このモードの考え方のように、街を歩いている場合でも、その人の気分によっていろいろ欲しい情報が変わってくるのではないかと考えています。街の中でブランドとのいい体験をつくるとなると、その人の文脈に合った適切な接触が必要になると思います。

山本:今はモードは6つですが、もうちょっとデータを加えると、さらに細かく分類しても面白くなりそうですね。

長谷川:はい、将来的には場所を加えるのも面白いんじゃないかと思っています。今年の同調査では、大手町は緊張、丸の内は夜のわくわく、秋葉原は興奮、といった感情が結びつきやすいということが分かったんです。このように場所による位置付けはあるだろうなと思っています。
またモバイルとサイネージには連携する余地があると思います。モバイルに「近くのスーパーで特売しています」という情報が届き、行ってみるとサイネージがあって、「特売品にはこんな付け合わせがいいよ」と表示する、とか。こういうことによって、単純に買物が楽しくなると思います。メニューを考えるのがストレスだ、という調査結果もありますし。

天野:長谷川さんに伺いたいのですが、デジタルサイネージってスマホよりも複数人が同時に見る形になるじゃないですか。その特性を活かした活用はどのようにお考えですか。

長谷川:店頭にあるような一人で見ることが多いものと、渋谷にあるような大型のものでも違うと思うのですが、例えば大型のサイネージの場合、ある大学内の敷地にいた人のうち、ある程度の人数が渋谷のサイネージに集まったらこういう情報を出す、レジャー施設に集まったらこういう情報を出す、といった使い方があると思います。

天野:スマホはあくまで一人の世界ですよね。私はサイネージだと、その場にいる人と体験共有ができるといった点がスマホとは違う良さがあるのかなと、お話を聞いていて感じました。

デジタルでリアルの価値を活性化する

山本:私からいくつか事例を紹介したいと思います。まずドイツのスーパーマーケットの事例です。ここは18〜20品目しか売らないのですが、その商品でつくれるレシピを一緒に紹介しているんです。このメニューが素晴らしく、「自分が知らなかったメニューを知れるし、買物に迷わない」と評判が高まり、快進撃を続けています。
次は「ローレルアンドウルフ」というサービスです。利用者が自分の部屋のサイズなどを登録すると、どこにどんな家具を置けばいいかをシミュレーションできます。配置についてのアドバイスを受けられたり、サイトで販売している家具をシミュレーションで部屋に置き、気に入ったら購入することができます。

続いて、栃木にあるカメラ店の事例です。こちらは栃木で一番カメラを売っている会社で、まず「あなたのスマホの中の写真を全部ベタで焼きませんか」とアプローチします。スマホで撮った写真も、実際に焼いてみると大きな価値があるように見えるんですよね。そのサービスを利用した方は、「もっと綺麗に現像したい」と考え、更に「元の写真を良く撮るために一眼レフが欲しい」となるそうです。そのカメラ店は、生活の中で写真を撮る喜びを売っているんだと思います。

長谷川:リアルの価値が、デジタルで活性化されるのが面白いですよね。ちょっと前までは、リアル店舗でECにどう対抗するか、という話が多かったと思います。でも今はオンラインで得たデータを、店頭の接客にどう生かすか、に争点が変化しています。

山本:そうですよね。ある化粧品メーカーでは、店頭サービスにAIを取り入れ「こうしたほうがより素敵になりますよ」というアドバイスをAIで行ったところ、あまり売り上げは上がらなかったそうです。しかし、AIの分析結果を基に、同様の内容を販売員が伝えるようにしたところ、売り上げが50%アップしたそうです。

天野:私の所属する未来プロジェクト室では2050年頃までの社会がどうなるかも考えているのですが、いろいろ突き詰めていくと、最後に行き着くのは便利の先の、本来欲求ではないかと思う時があるんですよね。その本来欲求とは、食べる、寝る、といったものに加えて、「動く」もあると思っています。人間も動物だから、まさに動く物であるわけで、アフリカ大陸からわざわざ移動したり、南極いったり、人間にはDNA的に動きたいっという欲求があるはずではないかと。どれだけ便利になっても動きたい、という感情はなくならないと信じており、それをどれだけくすぐれるかが重要になってくると思います。だから、街や地域を元気にしていくことは社会的課題ですし、そう思って取り組まないと本当につまらない世の中になってしまうと思います。

長谷川:モバイルやサイネージなど、生活者との接点が増えていくなかで、広告の配信面が増えています。今後、広告の配信をどうしていくのかについて、単に広告在庫が増えるという観点だけではなく、生活者の買物行動や街の移動を通じた状況の変化からモードを見出し、メディアを起点としたサービスに昇華していけたらと考えています。

山本:広告は露出じゃなくてサービスだ、というところをお手伝いできたらということですね。これからの消費者は、これまでみたいにいろいろ関心を持って比較検討したりすることは減っていくでしょう。自分に合いそうな枠の中でしか物を買わなくなると思います。そういう状況にあって、生活者が自分で気づけないようなものを勧めたり、枠を広げたりする仕事がしたいと考えています。生活者が認識していない欲求を引っ張りだすことができる商品やサービス、接客が必要になっていくと思います。

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■プロフィール

天野成章
トヨタ自動車株式会社
未来プロジェクト室 室長代理

 

長谷川恭平
博報堂DYグループ デジタルロケーションメディア・ビジネスセンター
博報堂 データドリブン・マーケティング局 ストラテジックプラナー

 

山本泰士
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 客員研究員
博報堂 買物研究所 ストラテジックプラニングディレクター

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