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メディア環境研究所ウェビナー2021夏 Picky Audience ~始まったメディア生活の問い直し~ キーノート「コロナ禍で変化したメディア環境」
REPORT

生活者のメディア総接触時間がますます増加し、メディア環境のデジタル化が一層進む中、コロナ禍は、メディア生活の問い直しももたらしました。メディア環境研究所は、その中でもより意思をもってメディア・コンテンツを選択する生活者に注目。彼らを「Picky Audience」(Picky=選り好みする)と定義し、ポストコロナにつながる新たな生活者像としてとらえています。今回のメディア環境研究所ウェビナーでは、コロナ禍のメディア環境を初めて切り取った今年のメディア定点調査をもとに、生活者の意識・行動の今と、長期観測から見えてきた変化の潮流を検証。メディア生活の問い直しにどう応えていくかのヒントを探りました。
まずは前半のキーノートの内容をご報告します。

キーノート 「コロナ禍で変化したメディア環境」
登壇者:
山本泰士(メディア環境研究所 グループマネージャー兼 上席研究員)
新美妙子(メディア環境研究所 上席研究員)
小林舞花(メディア環境研究所 上席研究員)

■「メディア定点調査」に見る、メディア接触 前提の変化

新美
まずはコロナ禍で変化したメディア環境を、「メディア定点調査2021」から捉えていきます。調査は毎年1月末から2月頭に行うため、昨年の調査結果はコロナ禍前のメディア環境をとらえていました。ですので、今回初めてコロナ禍のメディア環境をご報告することになります。今年メディアの総接触時間は450.9分。この16年間で100分以上増えています。けん引したのは139.2分の携帯/スマホ。テレビも昨年から上昇し、一昨年並みに戻りました。パソコンは2011年をピークに年々減少、ここ4~5年は60分前後で推移していましたが、今年70分台に回復しました。タブレットは初めて30分台に。ラジオ、新聞は昨年並み、雑誌が減少しました。

構成比を見ると、ここ2、3年パソコン、タブレット、携帯/スマホは5割前後を推移していましたが今回55.2%と伸びを見せ、新たな局面に入ったと感じます。携帯/スマホも今回初めてテレビと同じ3割超えとなりました。

性年代別に見てみると、30代女性以外の全性年代で400分を超え、男性20代、60代では500分を超えています。若年層のみならず高齢層もデジタルシフトしています。若年層女性は携帯/スマホが過半数を占めていたのが少し減少し、今年はパソコン、タブレットの存在感が増しています。増えた在宅時間で、それぞれのスクリーンを使い分けている様子が伺えます。

スマホで行っているのは、動画視聴、メディア・コンテンツ、音楽、SNS、ショッピング、ゲームと多岐にわたりますが、今回はスマホによるマスメディア・コンテンツの利用状況を見てみます。テレビ、ラジオ、新聞、出版とすべての接触が伸びていて、メディア接触がスマホに拡張していることがわかります。「SNSから得た情報がキッカケでテレビを見ることがある」「SNSでシェアされた情報を見たり聞いたり読んだりすることが増えた」という問いではいずれの項目も今年4割を超えて、メディア接触のきっかけ、情報の入り口がデジタルに拡張しています。

続いて家の中のメディア環境がどう変わったかを見てみると、「テレビをインターネットに接続している」が伸びています。動画をテレビ画面で見られるデバイスの所有も増えており、家の中のデジタル化が進んでいることがわかります。

メディアサービスを見てみると、定額制動画配信サービスはコロナ禍前から伸びていましたが、この1年でさらに増加。TVerも増加しています。オンデマンドサービス利用は1割程度ですが、昨年までほとんど変化がなかったのが倍近くに伸びており、生活者が見たい時に見られるサービスの利用が増加していることに注目しています。

続いて、生活者の意識・態度に関する調査結果です。今年高かった生活者のメディア意識トップ3は、「インターネットの情報はうのみにはできない」「情報は伝える速さよりも内容の確かさだと思う」「気になるニュースは複数の情報源で確かめる」でした。またこの1年でもっとも高まった意識は、「好きな情報やコンテンツは、好きな時に見たい」で、初めて6割を超えました。2人に1人は好きな時に見たい、3人に1人は好きな場所で見たいと答えていて、メディア接触を規定してきた時間・場所から生活者の意識が解放されているのがわかります。

このように今年の調査結果をメディア接触の前提が変化したととらえたわけですが、最後に1点、気になる結果をご紹介します。「家にいるときはいつもテレビをつけている」が今年減少しました。いつもなんとなくテレビをつけているという、「なんとなく見る」が減少傾向にあります。インタビュー対象者の一人は、「いいものがなかったらテレビを見るのをやめるようになった」と話しています。これまでは、テレビは見ていなくてもつけっぱなしにしていたのが、何の情報も得られないなら消した方がいいと思うようになったということです。違うことをする選択肢も増加しています。コロナ禍で “なんとなく”が減少したのではないでしょうか。

好きなものを好きなように見られるメディア環境の中で、“なんとなく”のメディア生活を問い直し、自分に合ったメディア・コンテンツを選り好みする生活者を、私たちはPicky Audienceと名付けました。彼らがどんな生活者なのか、この後ご紹介します。

■インタビューが明かすメディア生活の“問い直し”の実態

小林
ではここから6月にオンラインで行ったデプスインタビューの内容をご紹介します。登場するのは、定額制動画配信サービスやテレビの見逃しサービスなどを日常的に利用していて、特に意識と行動の両面で変化を実感している20~60代の男女7人です。

まず東京都のSさん47歳は、コロナ禍で時間を無駄にしたくないという思いが強まったほか、人付き合いを見直し、アプリを利用して、男女問わず自分と本当に価値観の合う人を探すようになったそうです。続いて東京都のFさん63歳は、自分が何の情報が欲しいのか主体的に意志を持っていないと、情報に埋もれてしまうと話します。好きな時に好きなものが見られないストレスがないよう、複数の動画視聴サービスにも契約。この方は仕事の量、質ともにコロナで変わり、時間の無駄が出ないようなコンテンツ接触の仕方に変えていったということです。2人とも“なんとなく”はいらないという気持ちの面で共通していて、生活の前提が変わりコントロールできる時間が増えたことで、なんとなく過ごしていた時間やなんとなく選んでいたものや人、生活全般の問い直しが起こったことがわかります。

次は千葉県のFさん26歳。もともと職場では前日に見たテレビなどが話題になっていたそうですが、コロナ禍で職場が輪番制となったため、定額制動画配信サービスの話題が増えたそうです。それがきっかけでこの方も定額制動画配信サービスを契約したところ、選択肢も多いし、面白くなければ途中で止められるのがいいと言います。興味のないニュースなどはどっちみち頭に入ってこないので、だったら好きな情報を自分で選びたいとのことでした。

埼玉県のNさん39歳は、外出が減った代わりに有料動画配信サービスと有料音楽配信サービスを契約。どちらも便利なので高いとは思っていないそうです。たとえ情報が偏っていても、自分が好きなものに時間を割きたい、好きな世界で生きていられればいいと話します。普段の検索内容からアルゴリズムで好きなアイドルグループの情報がトップに出てくるようになったニュースサイトは、情報を得やすいのでよく見るそうです。時間がもったいないし、余計な情報に触れたくないのでそういう状況はありがたいと言います。

大阪府のSさん37歳はテレビ好きですが、コロナ禍でYouTubeからも情報を得るようになりました。見たいものを片っ端から10~20秒くらい見て、合う合わないを判断。録画は貯まっていくと追われる気分になるので嫌だが、動画配信サービスは自分の所有物としてデータが貯まるわけではないから、気楽でいいとのこと。この方も、生きていくうえで問題はないので情報は偏っていてもいいと言い、むしろ情報過多になるのは避けたいそうです。

3人に共通しているのは、偏ってもいいから好きなものがほしいという気持ちです。興味のないことは自分の中に残らないので情報として接する必要はないし、どうせ時間を割くなら好きなものに割きたい。情報過多も嫌だということです。いまは好きなものに好きな時に触れられる時代ですし、コロナ禍で“なんとなく”過ごす時間が減り、時間に対して意識的になった。自分が興味のあるものを求めるようになった結果、偏っていても好きなものだけに接していたいし、それでいいのだという意識も共通していました。

アメリカのジョージア州在住のYさん32歳は、好きなものを選ぶ基準について、自分に関係があるかどうかだと言います。情報源は基本的にSNSで、コロナ禍のアメリカでは特に互いをヘルプし合えるようなFacebookの地域グループが活躍したそうです。また日本のニュースはYouTubeで見ていて、情報が非常に整っていてわかりやすいと思う一方、本音が分からないと感じるそうです。東京都のFさん63歳は、誰が発信しているかは関係なく、自分が興味を持てるかどうかだけがコンテンツを選ぶ基準だと話します。また、埼玉県のNさん39歳は、自分の生活を豊かにしてくれるかどうかが基準。子供だけに向けられたものか、自分にも向けられているかが大事だと言います。

この方たちに共通する基準は、自分に関係があるかどうか、また有益かどうか。そして発信者が誰かよりも自分が興味を持てるかどうか。選択したものが誰を対象にしているのか。

もう一つ、いまの気分に合っているかどうかも大事な基準です。大阪府のAさん39歳は、コロナ禍で大好きだった海外旅行ができなくなったため、海外文化に触れるためにさまざまな定額制動画配信サービスをひと月単位で利用。毎月、このコンテンツが見たいからこのサービス、というように契約を繰り返しています。アルゴリズムによるおすすめで、本当に気分に合うものは半分くらいしかなく、何を観たいかはその時の気分次第と言います。

東京都のFさん63歳は、外出できない生活で気分をがらっと変えるには、見逃し配信や動画配信サービスがとても有効だと話します。好きなタイミングで好きなものを見たいので、複数の定額制動画配信サービスに契約。指一本でオンオフの気分が切り替えられることが大事と言います。いまの気分に本当にぴったり合うものを探すために、ジャンルがもっと細分化されてほしいとも。

「Picky」という言葉には好き嫌いが激しいというネガティブな意味もありますが、レストランのバイキングのように好きなものを好きな時に選べる状況でも、漫然とではなく主体的にいまその時の気分に合うものだけを生活者は選んでいるようです。

■メディア生活に求める「感度」が上がった

山本
もちろんすぐに全員がこうしたPicky Audienceになるといったことはないでしょうが、好きなものを好きな時に選べるようなメディア環境が今後加速するなかで、こうして見てきたような意見もますます加速してくると考えられます。彼らを理解するうえで重要なポイントは、メディア生活に求める感度が上がっているということ。生活者はいま、“なんとなく”接触から“高感度”接触へと変わりつつあります。

まず時間にpickyになり、時間感度が上がった。自由に使える時間が増え、好きなものが好きな時に見られるメディア環境が加速するなかで、なんとなく時間を過ごしたくないという気持ちが高まった。無駄な時間を過ごすくらいなら情報が偏った状態でも構わないという域に達しています。彼らは、意味のある時間かどうかという、より高感度な視点でこれからメディア・コンテンツを選択していくでしょう。

続いて、意味がある時間になるかどうかの選択に重要なのが、関係にpicky、気分にpickyという、気分の上昇です。関係感度が上がったことで、自分に関係がある、役立つ、生活を豊かにしてくれるメディア・コンテンツを選びたいという欲求が高まっていますし、気分感度が上がったことで、アルゴリズムでも言い当てられない、その時の気分に本当にぴったりくるコンテンツを求めるようになっています。あるいは自分の気分を切り替えるためにコンテンツを使いこなしたいという欲求が高まっています。

いまや時間、関係、気分感度の上昇で、メディア生活の前提は変わってしまいました。情報の送り手である我々の前提も、これに合わせて変えていく必要があるのではないでしょうか。

時間にpickyに関しては、オーディエンスのリアルタイムをより意識する必要がありそうです。既存の、我々が発信するタイムテーブル、リアルタイムでの情報発信だけではなく、生活者の「見たい時」が生活者のリアルタイムだということを意識する。その時間には「意味がある」と期待され、わざわざ見にきてもらう出会いの時機が問われるのだと思います。生活者に、そのタイミングで見ることに意味があると思われれば、最新のリアルタイムコンテンツも、過去のアーカイブも接触されるでしょう。この、拡大したコンテンツ接触のチャンスを活かして、生活者とコンテンツの出会いのタイミングをつくっていくことが肝心です。

続いて重要なのが、上がった生活者の関係感度に応えていくということ。そこでメディア・コンテンツの持つ「役立ち」「機能」が問われることになります。いまや、「これ、皆が見ています」というアピールだけでは接触されません。生活者は、それが自分にとってどう役立つかが明確なものを選択していきます。社会を見ながら、いまどんな困り事、生活ニーズがありそうなのかをスピーディに読み取り、解決のヒントを明示する。それによって、今これを見る意味があるという興味、きっかけをつくる。さらに、生活者が、共鳴するみんなと語れる、つくれる、誇れる場をつくる。一つのコンテンツを発信して終わりではなく、感想などをSNSやコメント欄で語り合えることを前提に情報発信することも、重要になるかもしれません。

また、生活者がいつでも、何度でも、好きなものに没入できる仕掛けをつくる。ドラマできゅんとしたシーンをTVerで何度も繰り返し見る若者、好きなタレントの出演コーナーだけを再編集した番組に感謝する若者もいます。ファンが没入しやすいような形で発信や編集をするというやり方も有効かもしれません。

最後に、上がった気分感度にどう応えるか。生活者の気分に合う、気分をつくれることをより明示することで、そのメディア・コンテンツを選ぶ一つのきっかけになるかもしれません。持っている気分の切り口を見える化し、大勢の入り口にする。インタビューでも、ラブコメ+ライフスタイルなのか、ラブコメ+サスペンスなのか、コンテンツの気分としては似て非なるものだという声がありました。コンテンツの持つ気分の切り口を複数重層的につくり、明示することが、より多くのオーディエンスを引き付ける鍵になるのではないでしょうか。

さらに気分を切り替えたい時、そのコンテンツでなれそうな気分を見える化していく。実際、コンテンツが持つ、気分をつくれる、切り替えられるという価値が非常に顕在化したのがこのコロナ禍だと思います。そして、いまの生活気分への行動提案。どんな作品の傾向が好きかだけでなく、気分に寄り添う行動提案まで行うことも重要になってきます。アルゴリズムのレコメンドは半分くらいしか当たっていないという声があったように、過去にどんな作品を見たかだけではなく、オーディエンスの価値観、生活状況、季節性など、生活気分に寄り添った上での提案がますます重要になってきます。

ポストコロナはもう、“なんとなく”接触する時代には戻らないでしょう。高まった感度に応え、生活者の見たい時に選ばれる情報発信が重要です。メディア・コンテンツが接触される機会は非常に拡大しており、このチャンスを活かすことで、ビジネスチャンスの拡大につながるのではないでしょうか。Picky とは、その時々に生活者がメディア・コンテンツに求める役割、気分が明確になるということで、マーケティング的には非常にわかりやすくなっているとも言えます。明確化されたニーズ、気分に向けた広告をつくり、よりコンバージョンに寄与する。さらにはコンテンツの出し手と一緒に、その役割や気分を一緒に盛り上げる広告をつくり、ブランドとの絆を深めることがますます可能になるし、重要になっていくのではないでしょうか。


山本泰士(博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 グループマネージャー兼 上席研究員)


新美妙子(博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 上席研究員)


小林舞花(博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 上席研究員)

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