9月27日から29日、シンガポールにて開催されたスパイクス・アジア2017(以下「スパイクス」)。ここ数年、カンヌとスパイクスのセミナーの傾向を定点観測している博報堂のスペシャリストたちが、今年のスパイクスをディスカッション形式で振り返ります。

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<メンバー:(左から)淮田哲哉、岩嵜博論、奥野麻子>

―「テクノロジーの民主化」が進んでいる

奥野:カンヌにも共通する傾向でしたが、今年のスパイクスではマシンラーニングや、AIに関連する話が非常に盛り上がっていたように思います。

淮田:僕が気になったのは、まずは「データとクリエイティビティ」というテーマ。カンヌでも多いに語られていたテーマですが、スパイクスでもさまざまなセミナーで取り上げられていました。3年前だったら、クリエイティブの人は自分たちの対抗軸としてデータやテクノロジーを見ていた印象だけど、今年はもう、「自分たちはこれからデータを積極的に取り込んで、クリエイティブをエンパワーするんだ」という、自信に満ちた物言いが目立っていたように思う。これは、おそらくAIも含めたテクノロジーやデータを一通りとりまわしてみた結果、その限界もわかってきて、人間としての自信、クリエイターとしての自信を取り戻したんじゃないかと思うんですね。データは非常に有益ではあるけどそれだけでは活用できなくて、やっぱりエージェンシーには、データによってクリエイティビティを増幅させたり、リアルワールドに何か変化をもたらすようなアウトプットの部分で一番期待が寄せられている。そこに改めて気が付いたがゆえの自信なんじゃないかと感じました。

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岩嵜:その観点でいうと、いまアジアを始め世界中で起こっているのが、「テクノロジーの民主化」じゃないかと思うんですよね。要は、テクノロジーが、一部の限られた人だけが使えるものから、どんな人でもアクセスできるものになったということ。クリエイターもテクノロジーを使ったり触れるようになって、そこから何か新しい知が生まれているような気がしますね。
そういう意味で僕が面白いなと思ったのは、MINIMOBのDecentralised Advertising: Who’s Afraid of the Big Bad Blockchain? のセミナーです。

ここでポイントなのは、テクノロジーにおける大きな概念の変化がブロックチェーンに見て取れるということ。インターネット黎明期も、かつてセントラライゼーション(集中化)されてきた情報テクノロジーがディストリビューテッド(偏在化)するといわれていたけど、結局はメガプレイヤーの持つサーバーのなかに世界中の情報が蓄積されている。ブロックチェーンは、中心にいる人が信用を担保しなくてもエンドユーザー同士が信用を担保できるというテクノロジーなので、もしかしたら今後はテクノロジーがローカルのエンドユーザー同士で活用されるような、新しいものになるかもしれない。

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奥野:セントラライゼーションとディストリビューテッドの話は、カンヌでもたびたび触れられてきましたよね。実際にテクノロジーを民主化しようという熱があるとして、具体的にその変革を推進する力点も、まさにディストリビューテッドしてきている気がします。

岩嵜:カンヌでもスパイクスでも存在感を放っていたスタートアップの動向が一つ鍵になると思います。彼らがそういうテクノロジーをいち早く取り込み、アプリケーションやサービス開発につなげ、先進的なユーザーがどんどん使うようになり、ビジネスが大きくなって、という風な形で普及していくというのはあるかもしれない。

―「ボイステック」がこれからのマーケティングを変える!?

奥野:私が印象的だったのは、マイクロソフトとグーグルのボイステック開発者が登壇したIPROSPECTのAre We Speaking the Same Language?セミナーです。
人工知能においては、思考力の精度を高めるのはすごく難しいけど、画像認識や音声認識はマシンラーニングでものすごく精度を高めることができるそうで、いま実際に、スマートスピーカーなどのプロダクトが人々の日常生活で活躍し始めています。そこでマーケティングの人たちはどうやってそれを情報のインプットデバイスとして活用していくのか?という問いが出てくる。
たとえばこれまでのウェブ検索では「安い」「ビール」などと単語で区切って検索してたけど、ボイステックに対しては「近所で安く飲めるところ」といった風に文章で検索する分ワード数は圧倒的に増えますし、ティッシュのことをクリネックスと呼ぶなど、文化によっては固有名詞が一般名詞化していることもある。言葉によるブランディングというのが、今後のマーケティングのキーになっていくだろうという話でした。

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淮田:確かに、ボイステックの場合、人間が自然な状態でワード数を増やし、文脈(コンテクスト)の流れをちゃんと読み取ってくれる。マーケティング的にも、より潜在的なニーズ、インサイトに基づいた情報が得られるようになるでしょうね。ちょっと未来的かもしれないけど、「このターゲットはこれ」というようなワントゥワンなマーケティングではなくて、もっとリアルにパーソナライズされた、コンテクスチュアルな情報もふまえたマーケティングをするために、僕らのようなエージェンシーも今後はAIを使いこなしていかないといけないんでしょうね。

岩嵜:AIには、人間の役割が奪われるというようなネガティブなイメージもあるけど、ボイステックにはロボット掃除機のルンバみたいな愛着や親密性の可能性もあるということ。それから、いまはパソコンで、四角いブラウザーにキーボードで文字を打って検索しているけど、ある意味とても不自然で、コンピューターに人間が合わせているという状態。ボイステックだと、自然に話すように検索ができて、より人間にコンピューターが合わせてくれる感じですよね。テクノロジーと人間がより親密になる、次の段階に行き始めている気がします。
新しいテクノロジーが興るとき、「では人間には何ができるのか?」という議論が必ず反動として起こるものですが、いま、その“ヒューマニティの復権”といえるような現象が起きているのかもしれないですよね。そうして、人間とテクノロジーをつなぐ新しいサービスデザインも生まれつつあるように感じています。
あと、先進国を中心に人間の生活がかなり充足しちゃっているから、枯渇とか渇望とかで人の消費行動、経済は動かなくなっている。そんななか、「人間が人間として豊かに生きていくにはどうすればいいんだろう?」という問いに答える形で、改めてユーザーエクスペリエンスにも目が向けられてきているんでしょう。

―これからのアジアでは、Eコマース×モビリティが熱くなる!

奥野: スパイクスでは、カンヌとの差別化としてあえてフォーカスされた議題が多くありました。地域特性を発端とした、より具体的な議論が際立ってましたね。

淮田:カンヌにはなかった、Eコマースの事例が面白いと思いましたね。オレオのモンデリーズが中国でやったキャンペーンで、オレオのクッキーをレコードに見立てて、実際に音楽が聴けるミュージックプレイヤーがもらえるというもの。クッキーが入っているパッケージ自体もオンラインでカスタマイズできて、それをアリババのEコマースで注文できるという仕組みです。もともとオレオが持つ、“いじって遊んで食べる”という意味でのplayというブランドエッセンスを、音楽のplayに当てはめた設計もうまいと思うし、カスタマイズしてデリバリーするところで、オンライン注文を受ける工場との連携もすごいなと思った。キャンペーンのスキームの中でここまでやり切るのがすごい。

岩嵜:オレオを食べて、プレイヤーをかけると音楽が聴けて、またサクっと食べると別の音楽が聴けて……音楽を楽しむという体験に、レコードに見立てたオレオを小皿に入れて食べるという体験、ユーザーエクスペリエンスがある。面白いからまた体験したくなって、オレオを買いたくなる。シンプルですがブランドやプロダクトサービス、マーケティングがコンパクトに統合されている事例でしたね。

淮田:Eコマースはいま劇的に変化していて、単なる販売だけじゃなくて、ユーザーにとっては非常に身近で、利便性が高く、ユーザーと購買の距離がものすごく近づいている大きなプラットフォームになりつつある。そのなかでの体験コンテンツをマーケティング視点でどう考えていくのかが、今後重要になってくると思います。

さらには、そうやってこれからインドや中国などの新興国でEコマースが発展していくと、今度はデリバリー、モビリティも連動していく。たとえばアセアンではUBERのバイク版であるGojek、Grabのようなものがどんどん出てきていて、その役割を担っていたりもする。アセアンそれぞれの国、カルチャーの中で、デジタルや進化の異なるスタートアップなども含めた大きなビジネスの構造変化、進化がいままさに起こりつつある。それは非常に面白いと思いました。

ーデータだけではわからない変化を読み解くこと

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奥野:スペースドクターという会社のリサーチャーが、自分の肩書をカルチュラル・セミオティストと名乗ってたんですね。文化的な言語学者だと。どういうことかというと、広告の中にはさまざまなカルチュラルなアイコンがひそんでいて、その捉え方次第でブランドの受容性は圧倒的に変わるという。
彼の話の中で面白かったのが、アメリカでは性別を超えた個性だったり、オングラウンドなダンディズムが席巻する一方で、アジアでは、資生堂が制作したかわいい女子高生が実は男の子だったというフィルムに見るユニセクシュアリズムだったり、あるいは草食男子が増えているという点。あるいは中国で、色白で線の細い男の子が「小鮮肉」と呼ばれてブームになっているといった例を出していました。
欧米では女性の「女性らしさ」からの解放が叫ばれる中、アジアにおける「男性らしさ」の変容が焦点になっている。アジアにおいては、そういったある種特殊なローカル文化が、実は大きなトレンドのシーズだったりする。広告は、その動向正しく捉え、どう生活者を描いていくべきなのか、そのためにどのように生活者の変化に先回りをしていくのか、カルチャーマッピングを通して考えていきましょうという話でした。 _
欧米のリサーチャーが自分たちとの対比のなかから、アジアの文化を学ぼうとしている姿勢がよくわかったし、アジアと欧米の相互理解の一環として、対比からユニバーサルルールを探るというアプローチはカルチュラルな差があるからこそ有効ですね。

淮田:実際そうしたカルチュラルな変化や動きというのは、データの動きだけを見ていてもとらえられるものではないですよね。そういう動き、現象を感覚的にわかりながら、データを肉付けしていくということはできるのかもしれない。マーケティングの仕方もそうやって変わっていくんでしょう。

奥野:マーケティングの変化という点でBBDOアジアの人が語っていたのは、世界的にみても「広告が好きだ」と能動的に言ってくれる人はあまり存在しない一方で、ブランドのアクションに対しての好意を示す人はすごく多いということ。一人一人の声がすごく強い時代、マーケティング活動のアウトプットである広告をただ好きになってもらうというのはすごく旧世代的で。ブランドがその意思を体現する活動に対して、共感する、応援したい、自分もかかわりたい、参加したいといった「共感性」がビジネスになる時代。いまはどうやって広告を作るかというよりも、どうやってブランドをアクションにしていくかが鍵なんだという話でした。
ブランドのインターフェイスは、メディアの環境変化に合わせてコミュニケーションのプロトコルを変えていくわけですが、その変化のひとつが、確かに「広告を超えたブランドのアクション」であるともいえると思います。そして、実際にメディアから、あるいは枠の中に入ったデータから見えてくる事象は同じかもしれないけど、そこでブランドから発せられる問いかけの質は、従来の広告的ではなく、ブランドが推進する未来を実現するアクション、そこに「参加しようよ」という呼びかけに確実に変わっていく。そうだとしたら、やはりこれからは、データの重要性を理解しつつも、データからは見えないものをしっかりと見極める目を持つことも必要になってくるのかなと思いました。

◆プロフィール

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淮田哲哉
博報堂 データドリブンマーケティング局グローバルデータマーケティンググループ グループマネージャー

デジタルやデータを活用したマーケティング領域の戦略プラニング、ブランディング、事業開発、グローバル展開、企業のマーケティング高度化を主に担当。海外業務にも精通。APACエフィー2016審査員。

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岩嵜博論
博報堂 ブランド・イノベーションデザイン局 HUX部 部長

国内外のマーケティング戦略立案やブランド、イノベーション業務に携わった後、米国シカゴのデザインスクールを修了。その後、米国デザインファームでのインターンを経て、現在はUX起点の新規事業開発、製品・サービス開発プロジェクトをリードしている。著書に『機会発見――生活者起点で市場をつくる』(英治出版)など。

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奥野麻子
博報堂 アクティベーション企画局 ブランドアクティベーションディレクター 

アクティベーション企画局クリエイティブ部所属。
営業職・プロモーションプランナーを経て、現在ブランドアクティベーション発想を起点としたキャンペーンクリエイティブをリード。商品開発から、デジタル、クロスメディア・プロモーション、マスクリエイティブまで幅広い経験をもとに、戦略設計からエグゼキューションまで領域を横断したソリューション開発を得意とする。

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