レポート
セミナー・フォーラム
ウェブサイエンス研究会オープンセミナーvol.5「ライフスタイル×テクノロジー」
REPORT

2017年6月16日、人工知能学会 ウェブサイエンス研究会オープンセミナーvol.5が開催されました。Tunnel株式会社の平山知宏開発担当執行役員、池上高志東京大学大学院総合文化研究科・教授、司会の橋本康弘東京大学大学院特任研究員/ウェブサイエンス研究会主幹事とともに、データドリブンビジネス開発センターの篠田裕之が登壇。それぞれが各専門分野の視点で、ライフスタイル×テクノロジーをテーマに語りました。その様子をレポートします。

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■はじめに ~ウェブサイエンス研究会で考えたいこと~
橋本康弘さん 東京大学大学院特任研究員/ウェブサイエンス研究会主幹事

ウェブサイエンス研究会の橋本です。当研究会では人間と技術の調和的なありかた、あるいは人工知能の新しいかたちを求めて、デザインや社会論、あるいは教育といった分野で横断的に議論、研究を深めています。5回目となる今回のオープンセミナーのテーマは「ライフスタイル×テクノロジー」です。Tunnel 株式会社の平山さん、博報堂DYメディアパートナーズの篠田さんという、実業の最前線に立っていらっしゃるお二人に、さまざまなデータ、テクノロジーが現在どのような商品やサービスに活かされているのか、そしてそれらがこの先我々にどんな体験をもたらしてくれるのかといったことについてお話いただきます。
また、最後に人工生命を専門に研究されている東京大学の池上高志教授に、今回掲げた「ライフスタイル×テクノロジー」というテーマに寄せて、お話を頂きます。

キーワードになるのはおそらく「マーケティング」という考え方だろうと思います。
進化心理学者のジェフリー・ミラーは、マーケティングを人間性の未開の辺境がテクノロジーの腕力に出会う場であると表現しています。このセミナーが、テクノロジーが拓く明るい未来について考える一助になれば幸いです。

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橋本康弘
東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻 特任研究員/ウェブサイエンス研究会 主幹事
2000年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。博士(工学)。東京大学工学系研究科講師、新領域創成科学研究科特任研究員、筑波大学システム情報系助教を経て2017年4月より現職(池上高志研究室所属)。2015年年7月よりウェブサイエンス研究会主幹事を務める。現在は確率モデルを用いた社会の中の進化メカニズムの研究に従事。専門は、複雑ネットワーク、情報可視化、計算社会科学。

■ライフスタイル×テクノロジー(1)
プロダクト・マーケティングの作用反作用~相互に変化していく中での最適化とは?

平山知宏さん Tunnel株式会社/CTO

Tunnelの平山です。私はもとは博報堂にいましたが、退職後、大学院を経てTunnel社の起業に至りました。
まずはTunnelが提供しているアプリ「RoomClip(ルームクリップ)」をご紹介させてください。これは部屋写真専用の写真共有アプリで、現在200万枚以上の他人の部屋の写真が上がっています。日本人で部屋にこだわる人って結構少ないイメージですが、たとえばオフィスや店のインテリアを見てどんな人でも「お、いいな」などと思ったことはあるはず。何かしら感じているはずなんです。

ここに登録された写真からは、整理整頓された部屋、おしゃれな部屋から、マニアックな部屋、ちょっとやんちゃな部屋まで、本当にさまざまな部屋があることがわかる。収納の工夫があったり、無秩序にものが置いてあったリ。言ってみればそれも、知らず知らず人が日常的に行っている創造的な活動だと思います。「この部屋おもしろいな」とか「これやってみたい」といった発見、細かな面白さを世界の人と共有しあうというのが、このアプリで提供したいこと。そんな「日常の創造性を応援するアプリ」としてのルームクリップの価値を、一人一人に最適に伝えていくことこそが、僕らがマーケティングによって実現したいことです。

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▲お部屋の実例共有サイト RoomClip

まずは僕らの価値を表現してくれるプロダクトがあり、それを伝えるためのメディアがあり、そしてその先にメディアに接触する人々がいる。このシンプルな構造において、メディアの最適化による価値伝達の最大化というのを、僕らはいまマーケティングの最適化と呼んでいます。
その方法のひとつが、メディア側が勝手にアウトプットを評価し、オプティマイズをかけてくる方法です。わかりやすい例はフェイスブック広告で、フェイスブックのAIがプロダクトの効果を最大化するためにリソースからのアウトプットを投下しまくるというものです。代理店が不要なくらい有効だと言われていますが、それでもなぜか次第に劣化し効率が悪くなってくるので、結局アウトプットを返してもらい、入稿素材とか文言とかターゲティングなどの運用を人間がしなくてはならなくなります。

一方でSEO(検索エンジン最適化)での成功事例についてお話しますと、以前アメリカのおしゃれな倉庫街のスタイルがアプリ内で話題になったとき、あるユーザーさんが古いブリキのバケツの写真について「男前だね」という表現を使った。「男前」という表現はそれからどんどん広がっていって、やがてグーグル検索のトレンドに乗っかったことがありました。僕らが自社のコンテンツをずっと注視していなければ気づかないような変化というのが、グーグルよりも早く、プロダクト内で起きてしまうわけです。そうなってくると、最適化したコンテンツの形だとか素材などを我々はどんどんつくっていかなくてはいけない。逆に言うと、コンテンツをきっちり理解したうえでつくったページというのは、SEO的には大成功をおさめることができる。

いずれのケースでも言えることは、僕らはプロダクト理解のために手を動かしているということ。プロダクト内部で何が起きているのか。プロダクトがいまどういう形をしているのか。そこへの理解に9割くらいの力をかけている。つねに変化し続けるプロダクトのマーケティングにおける最適化は、「プロダクト理解」の一言に尽きるということです。そんな当たり前のようなことを行っているのが企業のマーケティングなのだと思います。

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平山知宏
Tunnel株式会社/CTO
2008年東京大学工学部を卒業し、株式会社博報堂DYメディアパートナーズに入社。
インターネット広告のプランニングから効果分析、可視化業務を経て、博報堂研究所研究員を兼任。2010年に同社を退職し、2011年に東京大学大学院情報理工学系研究科入学。MEMSセンサーの研究を専攻。在学中の2012年からTunnel社にアサインし、卒業後はそのまま同社のCTOとなる。Tunnel社ではスマホアプリであるRoomClipのインフラ・サーバサイド開発に加えて、画像解析やビッグデータマイニングの領域に従事。

■ライフスタイル×テクノロジー(2)
広告がひとりひとりに最適化された世界で生活者はどのように行動するか ~機械学習とデータビジュアライズ~

篠田裕之 博報堂DYメディアパートナーズ データドリブンビジネス開発センター

博報堂DYメディアパートナーズの篠田です。広告に求められる役割を大まかに言うと、企業、メディア、そして生活者の利益を向上させるために世の中の構造を明らかにしてコミュニケーション施策に落とし込む、ということになります。そのためにいつ、誰が、どのようなきっかけでどういうクリエイティブに触れ、そしてアクションをしてくれるのかを見ていくわけです。従来、広告会社はアンケートやデプスインタビューなどを活用していましたが、いまはウェブログデータやソーシャルデータ、ECの購入データ、あるいは位置情報なども活用しながら、その人がどういうきっかけで商品を買ってくれるかということを分析しています。さらに近年は、そうした生活者の情報を一元化するプラットフォーム(DMP)もできたので、その人が企業の自社サイトに来る前にどんなサイトに触れ、どういう検索をしていたかなども分析できるようになりました。

それによって、たとえば年収や年齢、そこで特定の行動をとっているターゲットだけに広告を配信することができるようになったわけです。DMPデータを機械学習によってモデリングし、ターゲットセグメントを作成しています。昔もいまも広告会社というのは、データを保有し、分析し、マーケティング施策に落とし込む会社であることには変わりません。なお、DMPで分析するデータは、個人情報に十分留意しており、IDなどで直接紐づくデータから、匿名化した上でデータフュージョンしているものまで様々です。

神戸市の「観光ナビゲーション」システムの開発事例を紹介します。神戸市内から神戸市公式観光サイト”Feel KOBE”に旅行者がアクセスすると、DMPデータと突き合わせ、性別、年齢、ふだんの興味関心、さらにはアクセスしてきた場所のGPS情報、天気情報なども合わせて総合的に分析、その人に最適な観光ナビゲーションを行うというシステムです。開発にあたっては、神戸市観光サイト”Feel KOBE”にDMPを入れて、2年間そこを訪れた人たちのデータを貯め続けました。さらには同じ神戸でも、「背伸びができる大人な町」と言って刺さる人もいれば「夫婦で京都と神戸の味わい巡り旅」と言って刺さる人もいる。アンケートによって、観光に何を求めているのかということをセグメントごとに整理していき、1712パターンの観光ナビゲーションを実現させました。

▲「神戸市における、ビッグデータによる観光ナビゲーションシステムの挙動と観光客の動き」

このように機械学習によって最適な情報を提供するというところまではスタンダードなやり方ですが、それだけだとフィルターバブル的な“閉ざされた”広告で終わってしまう。そこでセグメントごとに、過去訪問パターンが存在しないような意外性のある情報もおすすめ情報と並べて表示してみたらどうなるだろうかと考えました。そうしたところ有馬や灘のような特定エリアでは、その人にとって意外な場所のほうが、実際に足をのばしたということが発見できました。この事例では、さらにデータをビジュアライズし、分析の結果と合わせて、神戸市の方とのディスカッションに活用しています。この施策の結果、神戸観光サイトの来訪回数は117%に増加、閲覧ページ数は212%増加、サイト滞在時間は155%増加という結果が出ました。また、実際の観光客数も年々過去最高値を更新しています。

広告、またマーケティングで考えるべきは、データによって何を最適化するのかという点です。購買の前にはサイト訪問があり、その前に検索、情報収集があり、さらにその前に興味、関心、さらには認知がある。データサイエンスで最適化されることが多いのは、通常はアクチュアルデータが豊富に存在する、情報収集から購買までの顕在化した行動です。しかし、その前の認知、関心部分こそデータサイエンスで最適化するべきでは、と考えています。
たとえばすでに車の購入を検討している人に向けて施策をやるとなると、タイミングとしてはある意味遅すぎて、とても難しい。実際には、その人たちにはふだんから無意識化の予兆となる行動があったり、ブランドへのなんとなくの好意があったりするはずなんです。

ですから僕がやっていきたいのは、広告に反応したセグメントだけを最適化していくのではなく、広告に反応しなかった人も含めた市場全体、社会がどんなムードなのかを見ながらも、一人一人がどういう風に行動し、商品を買っているのかを見る。微視的・巨視的な視点を行き来するようなマーケティングです。そこから生活者の理解を深めていけたらと考えています。

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篠田裕之
データドリブンビジネス開発センター
Python/R/SQLなど様々なプログラミング言語による、統計、機械学習を用いたビッグデータ解析全般を担当。
特にDMPを用いたウェブマーケティング施策立案、および、データビジュアライズ業務に従事。

■~「ライフスタイル×テクノロジー」というテーマに寄せて~
「人間のモデルをどう考えるか」を考える

池上高志さん 東京大学大学院・総合文化研究科広域科学専攻教授 理学博士/ウェブサイエンス研究会 顧問

東京大学の池上です。お二人の講演をうかがっていて、思い出したことがあります。僕が13年くらい前に興味を持っていた、アンプランド(un-planned)コンシューマーについてです。スーパーで購入する客の60%くらいが何を買うかは決めていないとされていますが、では人は何をもって商品を選んでいるんだろうかと。実際の売買、マーケットにおいてそのアンプランドコンシューマーがどれくらい入ってくるか、どういった“消費者モデル”が考えられているのだろうか、そしてこのアンプランドコンシューマーに関しても、どれくらい機械学習によるモデリングができていくんだろうということに興味があったわけです。

しかし、人は本来がアンプランドコンシューマーである。連想したのが「リベットの0.5秒」です。リベットという生理学者が、人の自由意志の存在証明実験を行ったところ、人間がある行動をしようと意識的に決定する0.5秒くらい前にはすでに脳から行動を促す“準備電位”が発信されていることがわかったんですね。ちなみに「その動作をしない」時には準備電位は観測されない(※反論はあるようです)。つまり人に自由意志があるとすれば、それは「何かをしない」という選択においてのみである、という話です。

こういう話もあります。「ダメットの酋長」といいますが、アフリカのある村では、成人の儀式として若者がライオン狩りに行く。若者がちゃんと帰ってくるようにと、酋長がその間無事を祈って踊り続けるらしい。若者が無事帰還することと、酋長の踊りには何の因果関係もないはずですが、これを何回も繰り返すうちもし若者が何度も無事に帰ってくると、本人は「自分が踊るから若者が無事に帰ってくる」と思うようになる。現代人はこの話に笑っちゃうでしょうが、先ほどのリベットの話と同じです。インターネット上をはじめ、いろんなところにダメットの酋長のような“自分”がいて、自分の意志で決定していると思っているけれど因果関係はない。相関が因果になり、因果が、自分の自由行為によって起こされたと思ってしまう。たとえばアンドロイドだって、もしかしたらある運動をさせることによって、アンドロイドの中にも「ダメットの酋長」が生まれるかもしれない。アンドロイドが「自分が意志を持ったから動いたんだ」と自分で思うような仕掛けをつくることができるかもしれないわけです。

また一方で、最近ジョン・コンウェイという数学者が「Strong Free Will Theorem」という論文を書いています。そもそも“自由意志”というものがあるとするならば、素粒子も自由意志を持っていないとおかしい、と言っています。最近、阪大の石黒さんと開発したアンドロイドのAlterも、このコンウェイの考えでは自由意志を持ち得るかもしれない。つまり機械にもコンウェイの議論を拡張できる。逆に自由意志なんて存在しなくて、我々は「ダメットの酋長」でしかないんだ、とも考えられるわけです。

ちょっとこじつけになるかもしれませんが、ネットに於ける新しいtagを思いつくという意味での創造性を自由意志の賜物と考えましょう。以前ルームクリップの情報を使ってある実験を行いました。ユーザーネットワークを可視化する際に、ルームクリップにつけられたタグをもとに、似たようなタグの使い方をしている人たちをリンクで結んでみたんです。そうすると、非常に強いリンクで結ばれた濃いかたまりが見えてきた。そして、そのネットワークにいるユーザーが増えるほど新規タグを生成する確率が高かった。似たような人が集まったコミュニティほど新規タグが生まれる。同一な人たちが集まっている世界のほうが、実は新しいものが生まれやすいんじゃないか、ということがこのデータから示唆されるわけです。

いずれにせよ、こうした考察において重要なのは、結局、人間のモデルをどう考えるかということ。現在のマーケットの考え方というのは、選択性とか自由意志といったところはあまり見ていないように思えますが、実はそういう点は、もう少しまじめに考えるといいのではないかなと思います。僕自身がこうしたマーケットの話にコミットできるとしたら、アンドロイドにしても人工生命にしても、彼らにおける行為の選択性はどう生まれるのか、どう自由意志を担保できるのかという点だと思うのです。一見関係のないことのように見えるマーケットの解析においても、自由意志の視点から考えることで、人間のモデルそのものを更新できるのではないか、とも思っています。

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池上高志
東京大学大学院・総合文化研究科広域科学専攻教授 理学博士/ウェブサイエンス研究会 顧問
複雑系と人工生命をテーマに研究を続けるかたわら、アートとサイエンスの領域をつなぐ活動も精力的に行う。音楽家・渋谷慶一郎氏とのプロジェクト「第三項音楽」「Filmachine」(2006)や、写真家・新津保建秀氏とのプロジェクト「MTM」(2010) 「Long Good-Bye」(2017)をはじめ、活動は多岐にわたる。著書に『複雑系の進化的シナリオ』(1997,共著)、『動きが生命をつくる―生命と意識への構成論的アプローチ』(2007)、『生命のサンドウィッチ理論』(2013)、『人間と機械のあいだ』(2016,共著)など。

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